離職率とAIの関係を数字で見る ー コールセンターの定着はAIで改善するのか

AI支援ツールを使えるオペレーターは、使えないオペレーターに比べて離職率が8.6%低かった。米国の経済学者チームが5,179人のカスタマーサポート担当者を対象に行ったNBERの研究が示した数字である。コールセンター(コンタクトセンター)の経営課題として離職率は常に上位にあり、「AIを入れれば人が辞めなくなるのか」は多くのセンター長が知りたい問いだろう。ただし、AIが定着を悪化させるという逆方向の研究結果も存在する。この記事では、AIが定着に効く経路と離職を招く経路を数字で対置し、分かれ目がどこにあるのかを整理する。私の立場を先に言えば、効くかどうかは「AIを何に使うか」でほぼ決まる。
コールセンターの離職は「新人の1年目」に集中している
まず日本の現在地から確認したい。コールセンター白書の調査数値を引くPKSHAのCXジャーナルによると、白書2019年版時点で採用したオペレーターの約3割が1年以内に離職しており、2020年版時点では過去1年以内に採用したオペレーターに絞ると離職率20%超の企業が46%にのぼる。数年前の調査であることには留保が要るが、センター全体の離職率より新人に絞った離職率の方が際立って高いという構造は、業界で長く指摘されてきたものと一致する。
当て馬として、同じ白書調査の別の切り口を置いてみる。コールセンタージャパンの白書Plus+解説によると、2025年の調査では回答企業の56%がオペレーターとして自社正社員を配置しており、その背景は採用難・人手不足だとされる。派遣・パート中心だった業界が正社員化に踏み込むほど、1人あたりの採用・育成コストは重くなる。つまり「新人が1年もたずに辞める」ことの経営インパクトは、数年前より大きくなっている。離職率の水準そのものより、離職1件あたりの損失が上がっている点が、いまAIとの関係を考える理由になる。
AIが定着に効く経路 ー 「全席に先輩が座る」効果
冒頭のNBER研究(2023年に公開され、2025年にQuarterly Journal of Economicsに掲載)は、AIが定着に効くメカニズムまで踏み込んでいる点で貴重だ。対象は米企業のチャットサポート5,179人。生成AIベースの会話支援ツール(回答候補や対応手順をリアルタイム提示するもの)を導入した結果、1時間あたりの解決件数は平均14%増え、特に経験の浅いオペレーターでは34%増えた。ベテランへの効果はわずかだった。そして離職率はAI利用群で8.6%低く、低下は主に入社が浅い層の定着によるものだった。
なぜ新人に効くのか。研究チームは、AIツールがベテランの暗黙知を新人に移転していると解釈している。例えるなら、全席の隣に「答えを知っている先輩」が座る状態である。新人の離職理由の多くは、わからないまま顧客の前に立たされる恐怖と、それに伴う叱責の蓄積にあるから、立ち上がり期の支援が定着に直結するのは筋が通る。同研究では、AI支援を受けた対応では顧客の言葉遣いが穏やかになり、管理者へのエスカレーション要求も減ったことが示されており、感情労働の負荷そのものが下がった可能性がある。
国内で今週動いた製品も、この「負荷の高い業務からAIが引き受ける」方向にある。日本経済新聞の報道によると、OKIが8月21日に発表したコールセンター向け新システム「CTstage AI コンシェルジュ」(2027年1月提供予定)は、AIが一次対応と振り分けを担い、顧客の不満を検知すると有人に切り替える設計で、カスタマーハラスメント対策への活用も想定されている。またソフツーの発表(2026年8月25日)は、督促・調査・溢れ呼対応という、心理負荷が高く人を張りにくい業務の自動化を前面に出した。どちらもベンダー発表であり定着への効果は未実証だが、「嫌な業務・怖い場面から先にAIに渡す」という設計思想は、NBER研究が示した定着経路と方向が揃っている。
AIが離職を招く経路 ー 監視と評価転用
一方で、AIは逆向きにも働く。コーネル大学の研究(2024年・約1,200人を対象とした4つの実験)では、アルゴリズムによる監視下に置かれた労働者は、人間に監視される場合と比べて自律性を低く感じ、不満が増え、パフォーマンスが下がり、辞めたいという意向が強まった。重要なのは同じ研究の後半で、監視の目的を「評価」ではなく「育成のためのフィードバック」と位置づけて伝えた場合には、自律性の低下も離職意向の上昇も見られなかったことだ。同じ技術でも、使い方の宣言ひとつで定着への作用が反転する。
コールセンターはもともと通話録音・モニタリングが日常の職場であり、AIによって「全通話・全項目・常時」の評価が技術的に可能になった。CX Todayの論考は、声のトーン・共感表現・沈黙時間までスコア化される環境がオペレーターに新種の消耗を生んでいると指摘する。ここから抽出できる分かれ目は、次の3つの型に整理できる。
第一に「支援型」。リアルタイムの回答支援・要約・後処理自動化など、オペレーターの手元に価値が返る使い方で、NBER研究が効果を実証したのはこの型である。第二に「保護型」。不満検知での有人切り替えや督促業務の自動化のように、人を危険・苦痛から遠ざける使い方で、カスハラ対策義務化(2026年10月施行)を控えた国内では今後の主戦場になる。第三に「監視・評価転用型」。支援のために集めたデータを人事評価や詰めの材料に転用する使い方で、コーネルの実験結果が示すとおり、これは定着に対してマイナスに働く公算が大きい。同じAI投資でも、第一・第二の型は定着を押し上げ、第三の型は静かに削る。
ここからは私の見立て
ここからは私の見立てとして書く。日本のコールセンターがAI導入のROIを計算するとき、分子に入るのはほぼ「工数削減」だが、新人の1年目離職が3割前後で推移してきた業界なら、「離職1件の回避」を分子に入れた方が投資判断の精度は上がる。採用・研修・立ち上がりまでのコストを考えれば、離職率が数ポイント下がることの金額効果は小さくない。導入企画の段階で「6か月後・12か月後の新人残存率」を効果測定KPIに含め、支援型・保護型の機能から優先配備するのが、定着目的でのAI導入の設計だと考える。
自己反証もしておく。NBER研究の対象は米国企業のチャットサポート1社であり、電話中心・マルチスキル運用が多い日本のセンターへそのまま外挿はできない。離職率8.6%差も、賃金水準や労働市場の状況と完全に切り分けられたものではない。また、Gartnerが2月に出した再雇用予測ー AIを理由に人員削減した企業の半数が2027年までに再雇用に転じる ー が示唆するように、AIを「削減の道具」として使った組織では、残った人材の負荷と不安が増して定着がむしろ悪化する経路もありうる。定着改善はAI導入の自動的な副産物ではなく、設計しなければ得られない成果である。
まとめ
第一に、日本のコールセンターの離職は新人の1年目に集中しており、正社員化の進行で離職1件あたりの損失は増している。第二に、AIが定着に効くことを示す学術的証拠は「支援型」の使い方で得られており、効果は経験の浅い層に集中する。第三に、同じAIでも監視・評価転用型の使い方は自律性を奪い、離職意向を高めることが実験で示されている。問うべきは「AIを入れるか」ではない。集めたデータを誰のために使うと宣言し、その約束を守れるか。あなたのセンターのAI導入企画書に、新人の残存率は入っているだろうか。
注記
本記事は2026年8月26日時点の公開情報をもとに、デスクリサーチで作成した。文中の見立てに関する部分は筆者個人の見解であり、引用した数値の出典・調査主体は本文および参考リンクに記載のとおり。コールセンター白書の離職率数値は2019〜2020年版時点の調査であり、現在の水準と異なる可能性がある。OKI・ソフツーの製品に関する記述は各社発表・報道に基づくもので、定着への効果を示す実証データは現時点で公表されていない。
出典
NBER「Generative AI at Work」(Brynjolfsson, Li, Raymond/Quarterly Journal of Economics 2025年掲載)
ScienceDaily「Employees prefer human performance monitors over AI, study finds」(コーネル大学の研究・2024年7月)
CX Today「The Algorithm Never Blinks: Why Contact Center AI is Creating a New Kind of Agent Burnout」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



