カスハラ対策マニュアル、6割の職場で「ない・わからない」ー 義務化2ヶ月前の実態調査を読む

カスタマーハラスメント(カスハラ)対策が全事業主の義務になる2026年10月1日まで、あと2ヶ月余りとなった。そのタイミングで、研修比較サイトKeySessionを運営する東邦メディアプランニングの実態調査(顧客・取引先と直接やり取りする組織所属の就業者300名・調査実施日2026年6月23日)が出た。対応マニュアルが「整備されていない」45.7%、「わからない」13.7%、合わせて59.3%の職場で対策の土台が未整備または不明という数字である。施行直前の実態としてはかなり心許ない。ただ、この調査で最も読む価値があるのは未整備率ではなく、「整備済みでも浸透していなければ逆効果になりかねない」ことを示す数字のほうだと私は考えている。
義務化まで2ヶ月、コールセンターの現在地

前提を整理しておく。2025年6月に公布された改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から、カスハラから労働者を守る雇用管理上の措置がすべての事業主に義務付けられる。パワハラ・セクハラと同じ措置義務の枠組みで、違反した事業主は報告徴求・助言・指導・勧告、さらには企業名公表の対象になり得る。具体的に何をすべきかは、2026年2月26日に厚生労働省が告示した指針(令和8年厚生労働省告示第51号)が定めており、方針の明確化と周知・相談体制の整備・事後の迅速適切な対応などが柱になる。指針の中身は以前の分析記事で現場運用への翻訳を試みたので、そちらに譲る。
この法制度の文脈で今回の調査を読むと、59.3%という「未整備・不明」比率は、単に準備が遅れているという以上の意味を持つ。マニュアル(対処方針の明文化)は義務化で求められる措置の入り口にあたるからだ。なお、当て馬として先行するパワハラ対策を思い出すと、2020年の義務化(大企業)から数年かけて体制整備が浸透してきた経緯がある。カスハラも施行日に一斉に整うのではなく、数年がかりの浸透曲線を描く可能性が高い。もっとも、本調査は就業者300名への意識調査であり、企業側の整備状況を網羅した統計ではない。「わからない」13.7%には、整備されているのに従業員に伝わっていないケースが含まれ得る点も割り引いて読む必要がある。
「作ったのに不信感」ー 浸透ギャップの数字
この調査の核心は、マニュアルの有無ではなく浸透度で従業員の心理が分かれることを示した点にある。マニュアルが整備されていても内容を理解していない層では、職場への不信感が27.7%にのぼり、理解している層の8.8%の3倍超だった。会社への期待も同様で、悪質なケースでの上司・管理者による即時介入を期待できるとした回答は、マニュアルを理解している層で45.6%、未整備層では8.0%にとどまる。
被害の実態も軽くない。カスハラ被害を経験した84名(回答者の28.0%)のうち88.1%が仕事やキャリアへの影響を訴え、内訳は心身の不調38.1%・意欲低下34.5%・顧客対応への恐怖や不安28.6%。被害経験者の42.9%は複数類型の被害が重なっていた。従業員が会社に求める支援の1位は対応マニュアル・判断基準の整備(40.0%)で、上司の早期介入(33.3%)、防犯カメラ・録音ツールの導入(30.3%)が続く。
「作ったのに不信感が3倍」という一見不思議な構図は、避難訓練に例えるとわかりやすい。避難経路図が壁に貼ってあるだけで訓練をしたことがない職場では、「本当に逃げられるのか」という不安はむしろ具体的になる。存在を知っているのに使い方がわからない備えは、備えの不在よりも不信を可視化する。マニュアルも同じで、「対応を打ち切ってよい基準」「誰が介入するか」を現場が自分の言葉で説明できない状態は、会社の本気度への疑念に転化する。
数字を実装に落とす3つの型

では、この調査結果をコールセンター運営にどう落とすか。型として3つ挙げたい。
第一に、「判断基準の粒度」から作る型。 従業員が求めているのはマニュアルという冊子ではなく判断基準(40.0%)である。「社会通念上相当な範囲を超えたら」という抽象論ではなく、暴言・長時間拘束・繰り返し架電などの類型ごとに、誰が・何を根拠に・どの段階で対応を打ち切りエスカレーションするかを決める。粒度の目安は、入社3ヶ月のオペレーターが通話中に参照して判断できるかどうかだ。
第二に、マニュアルを研修・ロールプレイとセットで配る型。 浸透ギャップの数字が示す通り、配布と理解は別物である。SV・管理者には介入手順の訓練(即時介入への期待45.6%はここに直結する)、オペレーターには打ち切りトークの練習機会が要る。読む研修より、実際のカスハラ類型を模した応対練習のほうが「使える」実感につながりやすい。
第三に、記録・検知の仕組みで「事後対応が本当に動く」ことを見せる型。 求める支援の3位に録音ツール(30.3%)が入るのは、被害を訴えたときに証拠がないと動いてもらえないという現場感覚の裏返しだろう。通話録音の運用整備や、AIによる暴言・不満検知からのエスカレーション支援は、この文脈では効率化ツールではなく「会社が対応する意思の証明」として機能する。ただし、AI検知には誤判定のリスクがあり、判定を一次情報として懲戒や対応打ち切りに直結させない設計が前提になる。
見立て ー 施行日は「完成日」ではなく「起算日」
ここからは私の見立てとして書く。10月1日の施行をゴールに置いた「マニュアル整備プロジェクト」は、この調査が示した不信感の構造を再生産する可能性が高い。形式的に整備率が上がっても、浸透していないマニュアルは従業員の期待値だけを上げ、期待と現実の落差が不信に変わるからだ。施行日は完成日ではなく、浸透度を測り始める起算日と捉えるほうが実態に合う。
自己反証もしておく。「まず形から」を否定しすぎるのも誤りだ。マニュアルの存在自体が採用・定着の場面で安心材料になる効果はあり、未整備の45.7%の職場にとっては、粗くても明文化することが最初の一歩であることに変わりはない。完璧な浸透を待って明文化を遅らせるのは本末転倒で、順序としては「粗く作る→現場で使って直す→研修で回す」の反復が現実的だろう。
コールセンターは、対顧客業務の中でもカスハラの発生頻度・記録可能性・組織対応の必要性がいずれも高い現場であり、義務化対応の成否が最も数字に出やすい場所でもある。2027年にかけて、整備率ではなく「従業員が会社の対応を信頼しているか」を測る調査が増えてくると、企業間の差は今回の3倍どころではなく開いて見えるはずだ。
まとめ
第一に、義務化2ヶ月前の時点で約6割の職場はカスハラ対応マニュアルが未整備または整備状況が従業員に伝わっておらず、施行日までの形式整備と施行後の浸透という二段階の宿題が残っている。第二に、この調査の核心は「整備済みでも浸透していなければ職場不信感が3倍超」という浸透ギャップの定量化にあり、マニュアルは配布物ではなく判断基準・研修・記録の運用セットとして設計する必要がある。第三に、録音やAI検知などの技術投資は、この文脈では効率化ではなく「会社が対応する意思の証明」として位置づけたときに最も効く。
あなたの職場のオペレーターは、「この電話は打ち切ってよい」と誰の判断で言えるのか、即答できるだろうか。施行日を前に確認すべきは、マニュアルの有無より先に、その一問かもしれない。
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注記
本記事は2026年8月25日時点で確認できる公開情報に基づいています。引用した調査数値は東邦メディアプランニング(KeySession)公表の自主調査によるもので、標本は就業者300名です。見立てに関する部分は筆者個人の見解です。
出典
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。


