月6,000万件をAIが処理しても人は減らさない ー Vodafoneが同時に決めた12,500人への研修投資

海外事例解説。英通信大手Vodafoneの生成AIアシスタント「SuperTOBi」は、同社のH1 FY26投資家向けプレゼンテーション(同社発表)によると、月間約6,000万件の顧客とのやり取りを処理し、エンドツーエンドの解決率は70%、NPSは従来比8ポイント改善した。ここまでなら「AIで人を置き換えた成功事例」に見える。ところが同じ会社が、英国のケア部門社員12,500人全員への行動研修に200万ポンドを投資し、AIによる人員削減は計画していないと明言している(同社発表)。月6,000万件をAIがさばく会社が、なぜ人への投資を同時に決めたのか。この記事はこの一見矛盾する二つの意思決定を分解する。私の立場を先に言えば、これは矛盾ではなく、AIと人の担当領域を切り分けたうえで両方に投資する「二正面投資」の型である。
コールセンターAIとしてのSuperTOBiの規模感

数字の性質から確認する。SuperTOBiは2024年に発表されたMicrosoft Azure OpenAIベースの生成AIアシスタントで、複数国で展開されている(同社発表・2024年時点)。月間約6,000万件・解決率70%・NPS+8ポイントという数字は、いずれも投資家向け決算資料に掲載された同社発表値であり、第三者の実測ではない点には留保が要る。それでも、虚偽記載が制裁対象になる投資家向け資料に載せた数字である以上、ベンダーの導入事例ページの数値よりは硬い部類に入る。
規模を相対化するために当て馬を置く。日本のコンタクトセンター(コールセンター)業界で「大規模」とされるセンターでも、月間呼量は数十万〜数百万件のオーダーである。月6,000万件という処理量は、日本の大手センター数十拠点分のやり取りを一つのAIレイヤーが受けている計算になる。ただしこの比較には注意が要る。SuperTOBiの「やり取り」にはチャットの往復も含まれ、日本のセンターの「呼量」は電話着信数を指すことが多い。分母の定義が違うため、単純な倍率比較はできない。
一方の人材投資は英国事業に限った話である。200万ポンド(約4億円弱)の研修投資は12,500人のケア社員全員を対象とした行動研修で、Vodafone UKの発信によると、85%が修了した時点で初回解決率(First Call Resolution)は77%に上がった(同社発表)。研修単体の効果と断定はできないが、同社がこの数字を研修投資の成果として説明していることは事実である。
なぜ両方に投資するのか ー 用件の仕分けが先にある

メカニズムを見ると、VodafoneはAIと人に同じ仕事を競わせていない。同社の説明では、SuperTOBiが受けるのは請求確認・プラン変更・技術的な定型トラブルシューティングといった、手順が決まっていて文脈の揺れが小さい用件である。一方で、脆弱な状況にある顧客(高齢・障がい・経済的困窮など)への対応や苦情は人間の担当を継続すると明言している(同社発表)。例えるなら、病院の総合受付と診察室の分業に近い。受付業務をいくら自動化しても、診察する医師を減らす話にはならない。むしろ受付が正確になるほど、診察室に届く症例は難しいものに絞られ、医師の力量がこれまで以上に問われる。
研修の中身がこの構造を裏づけている。同社が全ケア社員に施したのは製品知識の研修ではなく、TRUSTと呼ぶ行動フレームワークに基づく、難しい問い合わせに共感を持って向き合うための行動研修である(同社発表)。定型用件がAIに流れた後に人間へ届くのは、感情的にこじれた案件、複合的な事情を抱えた案件、マニュアルの外にある案件が中心になる。残る仕事の難度が上がるからこそ、人への投資を同時に打つ。この因果は、AI導入の成果が出ている会社ほど成立しやすい。
業界全体と比べると、この選択は多数派ではない。Metrigyの697社調査(調査機関・2026年公表)では、AI導入企業の55.7%が新規採用の抑制を最大の人員影響に挙げ、36.8%は平均24.1%のレイオフを実施したと回答している。つまり市場の趨勢は「AIで人件費を回収する」方向にあり、Vodafoneの「削減しない」宣言はそれ自体が異例の意思決定と言える。
再現可能な型 ー 経営に説明できる「二正面投資」の組み立て

この事例から、コンタクトセンター責任者が自社に持ち帰れる型を3つ抽出する。
第一に「削減しない宣言を数字とセットで出す」型。AI投資の稟議は人件費削減を前提に組まれがちだが、Vodafoneは処理量・解決率・NPSという成果数字と人材投資額を同じ物語の中で提示した。AIの成果を示す数字があるからこそ、「それでも人を減らさない」という判断が説得力を持つ。順序が逆では成立しない。
第二に「用件仕分けを投資判断の単位にする」型。AIか人かを全社一括で決めるのではなく、定型用件はAI、脆弱顧客・苦情は人、と用件レベルで担当を固定し、それぞれに投資をつける。この切り分けが先にあると、AIの成果測定も人の研修設計も焦点が定まる。
第三に「残る人の仕事の難化に先回りする」型。AI導入後に人間へ届く案件は選別済みの難物になる。研修投資を「AI導入とセット」で組むことで、品質低下と離職という、AI移行期に最も起きやすい事故を予防する。Gartnerの予測(2026年2月)ー AIを理由に顧客サービス人員を削減した企業の半数が2027年までに再雇用に転じる ー は、先回りを怠った場合のコストを示唆している。削って戻すより、最初から削らない方が安くつく可能性がある。
ここからは私の見立て
ここからは私の見立てとして書く。日本の通信・金融・公共のような大規模センターを持つ業種にとって、この事例の使いどころは「AI稟議の分子を人件費削減だけにしない」ことの根拠だと考える。月6,000万件処理の会社が人員削減を計画しないと明言した事実は、「AI投資イコール人減らし」という社内外の思い込みを外す材料になる。特にカスハラ対策義務化を1ヶ月後に控えた日本では、難対応案件に向き合う人材の行動研修という投資項目は、法対応と品質戦略の両方に効く筋がいい。
自己反証もしておく。「人員削減は計画していない」はAIを理由とした削減に限った表明であり、将来の雇用を保証する契約ではない。実際、Mobile World Liveの報道によると、Vodafoneは「AI技術を前提とした人員削減は織り込んでいない」と述べる一方で、グループ全体では主に管理部門を対象とした約11,000人規模の人員削減計画(2023年発表)を別途進めていた。AIによる削減とリストラ由来の削減は同社の説明上は別物だが、外から見れば「人は減らさない会社」と単純化はできない。また本記事の数字はすべて同社発表であり、解決率70%の分母定義(何をもって解決とするか)や、初回解決率77%の測定条件は公開情報からは検証できない。他社がこの型を借りる際は、数字そのものではなく「用件仕分け→二正面投資」という構造を借りるべきで、成果水準の再現を約束するものではない。
まとめ
第一に、SuperTOBiの月6,000万件・解決率70%は投資家向け資料に載った同社発表値であり、AI活用の規模としては世界最大級の部類に入る。第二に、Vodafoneは定型用件をAIに、脆弱顧客・苦情対応を人間に固定する用件仕分けを先に行い、その両方に投資する二正面の型を取った。第三に、市場の多数派が採用抑制・レイオフに向かう中での「削減しない」宣言は、残る仕事の難化に先回りする合理的な経営判断として読める。あなたのセンターのAI企画書には、AIの成果目標と並んで、人に残す仕事の定義と、その仕事への投資は書かれているだろうか。
注記
本記事は2026年8月27日時点の公開情報に基づくデスクリサーチであり、筆者個人の見解を含む。本文中の成果数値はいずれもVodafone自身の発表(投資家向け資料・同社ニュースセンター)によるもので、第三者による実測値ではない。
出典
Vodafone UK「How Vodafone is using AI to shape the next generation of customer service」
Metrigy「What Metrigy's Latest AI Data Reveals About Contact Center Staffing」(697社調査)
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



