AHTを1分縮めると席が4つ減る。コールセンターの「アーラン式」は何を計算しているのか ー 「1人あたり◯分」の稟議が小さく見える本当の理由

AI導入の稟議書で最もよく見る式は、「担当者1人あたり1件◯分の削減、それが◯人分、時給に換算して年間◯円」です。分かりやすく、決裁者にも説明しやすい。ただ、この式で出る金額はシステム利用料と並べると小さく見え、「それだけ?」で稟議が止まる。カラクリ株式会社でVP of Productを務める川端大貴氏は、2026年9月7日に公開した「ROIは『1人』ではなく『1席』で数えろ」で、この停滞の原因を「数え方」に求めました。コンタクトセンターの費用は人ではなく席に紐づいており、席で数え直すと同じ効果が大きく見える、という論旨です。川端氏はAIベンダーの当事者であり、この枠組みには自社の製品を売る立場が伴います。本記事はその枠組みを紹介する記事ではなく、根拠にある式を当ラボで独立に計算し直し、どこまで成り立つかを確かめる記事です。
氏が根拠の一つに挙げたのが「アーラン式」です。待ち時間は席の稼働率(席が埋まっている時間の割合)に対して直線では動かず、負荷が限界に近いほど急激に悪化する。だから繁忙時の1件1分は、席数と待ち時間に想像以上に効く。氏は「細かい式は省きますが」と書いていますが、この式が何を計算しているかを知らないと、「1件1分が席数16%減、待ち時間約90%減」という数字がなぜ出るのかが腑に落ちません。
この記事では、アーラン式そのものを数式を使わずに確かめます。誰が何のために作った式で、何を入力すると何が出て、なぜ待ち時間が崖のように立ち上がるのか。川端氏の思考実験を当ラボで計算し直し、席数と待ち時間の数字がどう出るかを表で示します。そのうえで、この式が前提にしている条件と、AIが一次対応を担うようになったときにその前提がどう崩れるかまでを扱います。立場を先に書くと、川端氏の「席で数えろ」は稟議書の書き方の話に見えて、実際にはセンターの需要曲線をどこで測っているかの話です。
この記事の要点
①アーランC式は「電話が鳴った瞬間に空き席がゼロである確率」を計算する式。入力は入電数・処理時間・席数・目標応答秒数の4つで、出力は待ち確率・平均応答速度・サービスレベル
②席数は呼量(入電数×処理時間)にほぼ比例して決まるが、待ち時間は席の稼働率が80%を超えたあたりから崖のように伸びる。当ラボの計算では、25席のセンターで入電が1時間200件から240件に増えると待ち時間は15秒から280秒になる。1件1分の短縮が「人で数えると小さく見える」のは率の差ではなく、掛ける単価と、測る場所が平均か山かの差
③川端氏の思考実験を再計算すると、1件6分を5分に縮めれば必要席数は25席から21席、席を減らさなければ待ち時間は約9割減。ただし式は放棄呼・スキル別・チャットの同時対応を扱えず、AIが山だけを吸収する構成になると「席」の前提そのものが動く
1. アーラン式は電話交換機の回線数を決めるために生まれた

アーラン式の名前は、デンマークの数学者アグナー・クラルプ・アーラン(Agner Krarup Erlang)に由来します。英語版Wikipediaの記述によれば、氏は1878年に生まれ、1908年からコペンハーゲン電話会社に勤め、1929年に亡くなるまで在籍しました。1909年の論文でランダムな電話の到着にポアソン分布が当てはまることを示し、1917年の論文で「呼損」と「待ち時間」の古典的な公式を導いています。当時の問題は、ある町の加入者が同時に電話をかけたとき、交換機の回線を何本用意すれば話中にならないか、でした。回線を人に、話中を待ち時間に置き換えれば、そのままコンタクトセンターの席数の問題になります。
電話トラフィックの国際単位が「アーラン」と名付けられたのは、Wikipediaの「Erlang (unit)」の項によると1946年です。1本の回線が1時間ずっと使われている状態が1アーラン。25席のセンターに平均20本の通話が走っていれば、呼量は20アーランです。
式には主に2種類あります。アーランB式は待ち行列を持たない式で、全回線が塞がっていれば新しい呼は話中で失われるという前提です。回線数の設計に使われます。アーランC式(Erlang C)は、全席が塞がっていれば呼は待ち行列に入り、待ち行列の長さに上限がないという前提です。コンタクトセンターで席数を決めるときに使われるのはこちらで、川端氏が「アーラン式」と呼んでいるのもこのC式です。Call Centre Helperの解説は、アーランC式を「入電数とサービスレベルの目標から、必要なオペレーター数を計算する数式」と定義し、入力として入電数、集計期間、平均処理時間、目標サービスレベル、目標応答秒数の5項目を挙げています。集計期間と入電数を「一定時間あたりの件数」にまとめれば、実質の入力は4つです。なお式は両方向に使えます。目標サービスレベルを入れて必要な席数を出すこともできれば、席数を入れて達成できるサービスレベルを出すこともできます。次章の表は後者の向きで、席数を入力に置いています。
ここで一つ、業界の慣行についても触れておきます。川端氏の例にある「80%の呼を20秒以内に応答する」は、多くのセンターが目標にしている値です。ただしこの80/20に理論的な根拠はありません。WFMベンダーのVerintが公開している解説は、「80/20のルールや原理というものは存在せず、コールセンター技術の初期に恣意的に選ばれた」「最も一般的なサービスレベルは80/20だが、この基準がどこから来たのかは誰も知らない」と書いています。1970年代にRockwell社が作ったコールセンター基盤に組み込まれていたという説や、AT&Tの調査で発信者が20秒で切る傾向が分かったからという説が紹介されていますが、同記事はどちらも伝聞として扱っています。80/20は目標であって法則ではない、という点は、後でAIの席を考えるときに効いてきます。
2. 数式なしで分かるアーラン式:席は「空いている瞬間の確率」を買っている

アーランC式が計算しているのは、突き詰めると一つのことです。電話が鳴った瞬間に、空いている席が一つも無い確率です。空いている席があれば待ち時間はゼロ、無ければ誰かの応対が終わるまで待つ。この「全席ふさがり」の確率から、平均の待ち時間と、目標秒数以内につながる割合(サービスレベル)が導かれます。
入力は4つしかありません。
入力 | 意味 | 川端氏の例 |
|---|---|---|
入電数 | 一定時間に何本かかってくるか | 1時間200件 |
平均処理時間(AHT) | 1件の通話と後処理に何分かかるか | 6分 |
席数 | 同時に受けられる本数 | 25席 |
目標応答秒数 | 何秒以内につなぎたいか | 20秒 |
まず、入電数に処理時間を掛けて60分で割ると、「同時に何本の通話が走っているか」の平均が出ます。1時間200件で1件6分なら、200×6÷60で平均20本です。これが「呼量」で、単位はそのまま「アーラン」と呼びます。25席で平均20本が走っているなら、席の稼働率は80%です。なお本稿でいう席は、同時に受電できるオペレーターの持ち場を指します。席の稼働率は、席が通話や後処理で埋まっている時間の割合で、業界ではオキュパンシー(占有率)とも呼びます。システムが止まらずに動いている割合を指す稼働率(アップタイム)とは別のものです。
ここまでは掛け算と割り算です。アーラン式が担っているのは、その先の「20本は平均であって、瞬間ごとには15本の時も27本の時もある」というばらつきの扱いです。電話はランダムに来て、通話の長さもばらばらです。25席のセンターに平均20本しか来なくても、たまたま26本目が重なる瞬間が必ずあります。その瞬間の顧客は待たされます。アーラン式は、この「たまたま重なる」確率を、入電のランダムさと通話の長さのばらつきから計算します。
稼働率が上がるほど、待ちは急に伸びる
スーパーのレジで考えると分かりやすいです。レジが5台開いていて客がまばらなら、行列はほぼできません。客が増えてレジがずっと埋まっている状態に近づくと、たまたま重なった客が全員待つようになり、その待ちが次の客の待ちに連鎖します。稼働率が上がるほど「空きが出る隙間」が消えていくので、待ち時間は比例ではなく、崖のように立ち上がります。
当ラボが川端氏と同じ前提(25席、1件6分、目標20秒)でアーランC式を計算し、入電数だけを変えたのが次の表です。表の平均応答速度(ASA)は、待たずにつながった呼も含めた全ての呼の平均の待ち時間で、本稿ではこれを待ち時間と呼びます。
1時間の入電数 | 席の稼働率 | 平均応答速度 | 20秒以内の応答率 |
|---|---|---|---|
150件 | 60% | 0.4秒 | 99% |
180件 | 72% | 4秒 | 94% |
200件 | 80% | 15秒 | 84% |
210件 | 84% | 28秒 | 75% |
220件 | 88% | 52秒 | 63% |
230件 | 92% | 106秒 | 47% |
240件 | 96% | 280秒 | 26% |
稼働率60%から80%までの20ポイントで、平均応答速度は0.4秒から15秒に伸びました。そこから88%までの8ポイントで52秒、96%まででは280秒です。入電が2割増えただけで、待ち時間は19倍近くになります。川端氏が「道路の渋滞やレジの行列と同様に稼働率が高くなるほど、待ち時間は急激に悪化します」と書いたのは、この崖のことです。
裏返すと、崖の上にいるセンターほど、負荷を少し下げるだけで待ち時間が大きく落ちます。入電を240件から220件に減らせば、待ちは280秒から52秒に縮みます。同じくらいの割合を減らしても、200件から180件では15秒が4秒になるだけです。同じ「1件1分」の短縮が、谷では待ち時間をほとんど変えず、山では待ち時間を大きく変えるのは、この曲線の形が理由です。席数への効き方は、次の章で見ます。
3. 川端氏の思考実験を計算し直す:25席が21席になる

川端氏の思考実験を、当ラボでアーランC式に載せ直しました。前提はピーク時1時間200件、1件6分、80%の呼を20秒以内に応答、です。
まず、AI導入前。6分のままなら、目標を満たす最小の席数は25席です。24席では20秒以内の応答率が76%に落ち、目標の80%を下回ります。25席で84%です。川端氏の「25席が必要」は、この計算と一致します。
次に、AIで1件あたり1分短縮して5分になった場合。呼量は200×5÷60で平均16.7本に下がります。目標を満たす最小の席数は21席で、20秒以内の応答率は83%です。20席では73%で届きません。25席から21席ですから、席は4つ、率にして16%減ります。
そして、席を25のまま減らさなかった場合。平均応答速度は15秒から1.4秒へ、20秒以内の応答率は84%から98%へ上がります。待ち時間は約9割減です。
数え方 | 出てくる数字 | 掛ける単価 |
|---|---|---|
人で数える(削減時間の合計) | 1時間あたり200分の削減。席の総時間1,500分の13% | 時給 |
席で数える(目標を満たす最小席数) | 25席から21席へ、4席、16%減 | 席の単価。ブースや回線、管理者の費用を含み時給より高い |
待ち時間で見る(25席据え置き) | 平均15秒から1.4秒へ、約9割減 | 単価は付かない。放棄呼、かけ直し、残業の減少として効く |
ここで気づくことがあります。率だけを見れば、人で数えても席で数えても1割台で、大差はありません。席数は呼量にほぼ比例して決まるので、呼量が16.7%減れば席もそのくらい減るのは当然です。差が出るのは、率に掛ける単価です。人で数える式は時給を掛け、席で数える式は席の単価を掛けます。席の単価には、ブース、端末、回線、ライセンス、管理者、採用研修が乗っており、時給より高い。川端氏が「理由1:掛けている単価が違う」と書いたのはこのことです。
もう一つの差は、測る場所です。人で数える式は、1日の平均で削減時間を足し上げます。谷の時間帯に浮いた1分も、山で浮いた1分も、同じ重みで足します。席で数える式は、席数を決めている繁忙時の数字だけで計算します。谷の1分は、もともと空いている席を少し多く空けるだけで、席数を動かしません。川端氏の「理由2:平均は、山を薄める」です。
そして、崖のように動くのは待ち時間だけです。席を減らさずに1分縮めれば、稼働率は80%から67%に下がり、崖から離れます。待ち時間が9割減るのはこの動きです。川端氏の「理由3:待ち時間は、直線では動かない」は、席数ではなく待ち時間についての説明として読むのが正確です。
川端氏は同じ前提で「人で数えると8%、席で数えると16%、待ち時間で見ると約90%減」と書いています。席と待ち時間の数字は、当ラボの再計算と一致しました。人で数える割合は分母の置き方で変わります。当ラボは席の総時間を分母にして13%としましたが、氏の8%がどの分母で計算されたかは本文に示されていません。どちらにしても、人の率と席の率の差で「席で数えると大きい」が出ているのではなく、単価と測る場所の差で出ている、という読みは変わりません。
4. 規模で変わる:小さいセンターほど席に効きにくい

アーラン式にはもう一つ、稟議書を読むときに知っておきたい性質があります。同じサービスレベルを守るのに必要な稼働率が、センターの規模で変わることです。
当ラボの計算で、1件6分、80%を20秒以内という条件を固定し、入電数だけを変えて必要な席数を出しました。
1時間の入電数 | 必要な席数 | そのときの席の稼働率 |
|---|---|---|
20件 | 4席 | 50% |
50件 | 8席 | 63% |
100件 | 14席 | 71% |
200件 | 25席 | 80% |
400件 | 46席 | 87% |
800件 | 88席 | 91% |
1時間20件のセンターは、同じ目標を守るために席の半分を空けておかなければなりません。800件のセンターは9割埋めても守れます。電話が重なる「たまたま」は、本数が多いほど平均に近づいて均されるからです。
ただし、これは式の上の話です。Call Centre Helperの記事に集まった実務者の声は、90%の稼働が続くと燃え尽きや離職、処理時間の悪化を招くとして否定的で、大きなセンターでも85%程度を上限に置いています。式が許す上限と、人が持つ上限は別です。大きなセンターほど席あたりの効率が高いのは、管理が上手いからではなく、確率の性質です。
これが、AIの効果を席で数えるときに規模で差が出る理由です。1時間20件のセンターで1件1分縮めても、必要な席数は4のままです。もともと確率の余裕のために席を空けているので、処理時間が縮んでも席は減りません。一方で800件のセンターでは、同じ1分が席数に直接効きます。当ラボが30席以下のセンターでAIが割に合いにくい構造を書いたとき、呼量の薄さと不安定さを理由に挙げました。アーラン式の側から見ると、同じことが「席に翻訳されない」という形で表れます。
小さいセンターにとって席の議論が無意味だというわけではありません。効き方が違うだけです。小さいセンターでは、AHTの短縮より、夜間や休日の一次対応をAIに任せて「席を開ける時間帯そのもの」を減らす方が、席の計算に載りやすくなります。川端氏が「AIが夜間や溢れ呼を受けてくれるなら、それは『1人の◯分』ではなく『◯席の◯時間』として数えられます」と書いた論点は、規模が小さいほど重くなります。
5. 式の前提が外れるところ:放棄呼、離席、チャット、そしてAI

アーランC式は、入力が正しければ正しい答えを出す道具です。問題は、式が置いている前提のいくつかが、現実のセンターでは成り立たないことです。稟議書の数字を読むときに知っておきたいのは次の4つです。
第一に、式は「待ちきれずに切る顧客」を数えていません。 Wikipediaの「Erlang (unit)」の項が説明するとおり、アーランC式は全席が塞がった呼が待ち行列に入り、その行列の長さに上限がないと仮定します。実際には、待ちが長くなると顧客は電話を切ります。これが放棄呼(顧客が待ちきれずに切った呼)です。顧客が切れば行列はその分だけ短くなるので、切る人を数えない式の答えは、実態より多めの席になります。Call Centre Helperの解説によれば、1946年にスウェーデンの数学者Conny Palmが放棄を織り込む拡張を考案し、これがアーランA式と呼ばれています。AのAは放棄(Abandons)の頭文字です。AIが待ち時間を減らすと、放棄呼とかけ直しが減るという川端氏の指摘は、C式の外側で起きる効果だということになります。
第二に、式が出す席数は「受電している瞬間」の数です。 休憩、研修、会議、離席で電話を受けられない時間は、式の中にありません。この割合をシュリンケージ(受電に充てられない時間の割合)と呼び、要員数は式の答えをこの分だけ割り増して決めます。式が「21席」と言っても、シフトに並ぶ人数は21人より多くなります。逆に言えば、AIが研修や後処理の時間を減らしてシュリンケージを下げれば、席数の式を触らなくても要員は減ります。
第三に、式は「1席が1件を受ける電話」を前提にしています。 チャットは1席で複数の会話を同時に持てるので、同じ1件1分の短縮でも席への効き方が変わります。問い合わせの種類ごとに対応できるオペレーターが分かれている場合も、センター全体をひとつの行列として扱う式の前提から外れます。川端氏が「同じ『1件◯分削減』でも、席への効き方はチャネルで違います」と書いたのは、この前提の話です。
第四に、AIが一次対応を担うと、式に入れる数字そのものが変わります。 これがいちばん見落とされやすい点です。式は「入電数」と「平均処理時間」を固定して席数を出しますが、AIが定型的な問い合わせを先に吸収すると、オペレーターに届く呼は難しいものだけが残り、残った呼の平均処理時間は上がることがあります。当ラボが8月にエージェント支援の効果測定を扱った記事で書いた「呼種ミックスの変化」です。式の上では席が減るのに、実測ではAHTが上がって席が減らない。この現象は、式が間違っているのではなく、入力が動いたことに気づいていないときに起きます。
同時に、AIは山だけを削ることもできます。繁忙時の溢れ呼や夜間の一次対応をAIが受けると、人の席に届く入電の曲線は、山が低く谷が同じ形になります。2章の表で言えば、入電240件の時間帯を200件に下げる操作です。この操作は平均の入電数をわずかにしか変えませんが、待ち時間は280秒から15秒に落ちます。川端氏が「AI自身が『席』に近い存在になります。24時間、同時に何件でも受けられる席。繁忙の山だけを吸収する席」と書いたのは、式の側から見ると「山を切る席」を人の席の隣に置くという意味です。ROIの問いが「何分削減できるか」から「席の構成をどう設計するか」へ移る、という氏の見立ては、アーラン式の非線形性をそのまま裏返したものです。
6. 私の見立て:「席で数えろ」は、需要曲線のどこを測るかの話

ここからは私の見立てです。
川端氏の「人ではなく席で数えろ」は、稟議書の書き方の助言に見えます。しかしアーラン式を通して読むと、これは「センターの需要曲線のどこで効果を測るか」の話です。人で数える式は、1日を平均してから効果を掛けます。席で数える式は、山の高さで効果を測ります。席数は山の高さで決まり、待ち時間は山の高さに対して非線形に動きます。同じ効果が、平均で測れば時給に掛ける1割台、山の席で測れば席の単価に掛ける16%、山の待ち時間で測れば9割になります。数え方の問題というより、測る場所と単価の問題です。
この読み方は、当ラボがこれまで書いてきたROIの議論の続きにあります。ROIの試算が信用されない理由を書いたとき、当ラボは削減額を4層に分け、第一層の直接応対コストを「自動化された件数×1件あたり有人単価」と定義しました。川端氏の提案は、この第一層を「繁忙時に減らせる席数×席の単価」で書き直せ、というものです。件数で書くと平均の効果が、席で書くと山の効果が出ます。
席の単価には、ブース、端末、回線、ライセンス、管理者、採用研修が乗ります。参考までに、IVRyのコラムはコールセンター外注の席数契約型の相場を月額20万円〜50万円/席と示しています。ベンダーのオウンドメディアによる相場観であり一次統計ではありませんが、時給に人数と時間を掛けた数字とは桁の置き方が違うことは分かります。
どちらか一方が正しいのではなく、AHT短縮や支援AIのように「1件あたりの時間」に効く施策は席で、ボイスボットのように「件数」に効く施策は件数で書くのが、それぞれの効果を漏らさない書き方だと考えます。
自己反証を二つ置きます。
一つ目は、式が出す「4席減」が実際の席減になるのは、シフトと契約を変えたときだけだということです。席は契約の単位です。日本コンタクトセンター協会が公開している2025年度のコンタクトセンター企業実態調査も、センターの規模をオペレーションブース数、つまり席の階級で集計しています。BPOに委託していれば「◯席を◯時から◯時まで」の契約で、社内でも採用計画とシフト表で席は固定されています。式が21席で足りると言っても、翌月から4席が消えるわけではありません。契約更改かシフト改定のタイミングで初めて、席の削減は費用の削減になります。稟議書に「席で16%減」と書くなら、それがいつ、どの契約で現金になるかを添えないと、今度は「絵に描いた席」と言われます。4章で見たとおり、小さいセンターではそもそも席が減りません。
二つ目は、式は「1件1分」の中身を問わないということです。当ラボはAHT短縮の健全性で、短縮してよいのは会話の外側と探す時間であり、解決を確かめる時間まで削ると、短縮分は再問い合わせとして別の日の呼量に転嫁される、と書きました。アーラン式にとって、後処理を1分削るのも、会話を1分打ち切るのも、同じ「AHTが1分短い」です。式は席数を16%減らしてくれますが、その1分が解決を確かめる時間から削られていれば、減った席の分だけ再入電が増え、入電数の側から席が戻ってきます。式で席を数えるなら、その前に、1分がどこから出てきたかを確かめる必要があります。
7. SV・センター長への示唆

現場の管理者への示唆を4点にまとめます。
第一に、稟議書の「1人あたり◯分」を見たら、「それは繁忙時の何席分か」を計算してみること。 必要なのは、繁忙時間帯の入電数と平均処理時間、現在の席数、目標サービスレベルの4つです。Call Centre Toolsの無料のアーラン計算機のような道具で数分で出ます。計算できないなら、その4つのどれかがセンターに無いということで、それ自体が発見です。
第二に、席で数えるなら「いつ現金になるか」を添えること。 席の削減は、BPOの契約更改、シフト改定、採用計画の見直しのどれかで初めて費用になります。式の結果と、それが効く時期と契約を並べて書くと、「それだけ?」の代わりに「いつから?」という問いが返ってきます。
第三に、AI導入後の平均処理時間を、呼の種類ごとに追うこと。 AIが定型呼を吸収すると、残った呼の平均処理時間は上がり得ます。全体平均だけを見ていると、式が予測した席の削減が「AHTが悪化した」と読まれて、AIの評価が反転します。呼種別に分けた平均処理時間を導入前から取っておくことが、式の入力を守ることになります。
第四に、AIを「山を切る席」として設計に置くこと。 平均の入電数を減らすより、繁忙時間帯の入電数を目標の稼働率まで下げる方が、待ち時間と席数には効きます。どの時間帯の何件をAIに渡すかを、1日の平均ではなく時間帯別の曲線で決める。この設計は、席の構成をどうするかという次の稟議の土台にもなります。
8. 結び
アーランC式は「電話が鳴った瞬間に空き席がゼロである確率」を計算する式です。席数は呼量にほぼ比例して決まり、待ち時間は席の稼働率が上がると崖のように伸びます。川端氏の思考実験を当ラボで計算し直すと、1件6分を5分に縮めた場合の必要席数は25席から21席に減り、席を減らさなければ待ち時間は約9割減りました。「人で数えると小さく、席で数えると大きい」は率の差ではなく、掛ける単価と測る場所の差です。
ただし式には放棄呼・シュリンケージ・チャネル・呼種ミックスという前提の外側があり、AIが一次対応を担うと入力そのものが動きます。式で席を数えるなら、その1分がどこから出てきたか、その席がいつ現金になるかを、式の外で確かめる必要があります。
川端氏は「『1人あたり◯分』という数字を見たとき、『それは繁忙時の何席分か』『その席には何が載っているか』と、一度だけ問い返す」と書きました。この記事はその問い返しに、式の側から一つだけ足します。その◯分は、稼働率の崖のどこで起きているのか。答えが谷なら、待ち時間は変わらず、席も動きません。答えが山なら、待ち時間は稟議書が言うより大きく動き、席は単価ごと動きます。
注記:本記事の席数・待ち時間・サービスレベルの数値は、川端氏の思考実験と同じ前提(1時間200件、1件6分または5分、25席、80%を20秒以内)を置いて当ラボがアーランC式で計算したものです。式の前提どおり、放棄呼・シュリンケージ・スキル別の振り分け・チャットの同時対応は考慮していません。実際のセンターの席数はこれらを加味して決まるため、本記事の数値を特定のセンターの試算にそのまま用いることはできません。川端氏の「8%・16%・約90%減」は同氏のnote記事の記述であり、当ラボの再計算は席数と待ち時間について一致しましたが、人で数える割合は分母の置き方で変わります。80/20の由来に関する2つの説はVerintの記事が伝聞として紹介しているもので、当ラボは一次確認していません。本記事はアーラン式の解説であり、特定のベンダーや製品の評価・推奨を行うものではありません。本記事は公開情報をもとにした筆者の分析であり、記事作成にはAIによるリサーチ支援を活用しています。
参考リンク
元記事
川端大貴「ROIは「1人」ではなく「1席」で数えろ─ AI導入のROIが「それだけ?」で止まる理由」(note、2026年9月7日) https://note.com/daikikawabata/n/n430f989e3821
当ラボの関連記事
ROIが出るのは4件に1件、なぜコールセンターAIの試算は信用されないのか ー「削減額に載せてよい費目」が結果を分ける https://ccai-lab.com/articles/2026-08-28-callcenter-ai-roi-calculation
コールセンターのAHT短縮はどこまでが健全か ー 短くすると壊れるもの https://ccai-lab.com/articles/2026-09-01-aht-reduction-reality
30席以下のコールセンターにAIは割に合うのか ー エンタープライズ前提の設計が効かない理由 https://ccai-lab.com/articles/2026-08-04-small-center-ai
エージェント支援の効果はどう数値化するのか ー コールセンターのAHT短縮と新人立ち上がりの測り方 https://ccai-lab.com/articles/2026-08-18-agent-assist-measurement
外部出典
Wikipedia「Agner Krarup Erlang」 https://en.wikipedia.org/wiki/Agner_Krarup_Erlang
Wikipedia「Erlang (unit)」 https://en.wikipedia.org/wiki/Erlang_(unit)
Call Centre Helper「What is the Erlang C Formula?」 https://www.callcentrehelper.com/what-is-the-erlang-c-formula-208563.htm
Call Centre Helper「A Beginner's Guide to the Erlang A Formula」 https://www.callcentrehelper.com/a-beginners-guide-to-the-erlang-a-formula-140998.htm
Verint「A Manager's Guide to Call Center Service Levels」 https://www.verint.com/blog/managers-guide-to-call-center-service-levels/
Call Centre Helper「What Is the Right Figure for Contact Centre Occupancy?」 https://www.callcentrehelper.com/what-is-the-right-figure-for-contact-centre-occupancy-206495.htm
Call Centre Tools「Erlang Calculator」(無料のオンライン計算機) https://www.callcentretools.com/tools/erlang-calculator/
IVRy「コールセンターの内製と外注のコスト比較」席数契約型の相場 https://ivry.jp/column/callcenter-inhouse-outsourcing-cost/
日本コンタクトセンター協会「2025年度 コンタクトセンター企業 実態調査」 https://ccaj.or.jp/telemarketing/doc/outsourcing_research_2025.pdf
よくある質問
アーラン式とは何を計算する式ですか
コンタクトセンターで使われるアーランC式は、入電数・平均処理時間・席数・目標応答秒数の4つを入力に、「電話が鳴った瞬間に空き席が一つも無い確率」を計算し、そこから平均応答速度と、目標秒数以内に応答できる割合(サービスレベル)を導く式です。1917年にデンマークの数学者アーランが電話交換機の回線数を決めるために導いた公式が原型で、回線を席に、話中を待ち時間に置き換えて使われています。
なぜAHTを1分縮めただけで席が4つも減るのですか
席数は呼量、つまり入電数に処理時間を掛けた同時通話数にほぼ比例して決まるからです。本記事の計算では、25席のセンターで1件6分を5分に縮めると平均の同時通話数が20本から16.7本に下がり、80%を20秒以内に応答する目標を満たす最小席数が25席から21席になりました。崖のように動くのは席数ではなく待ち時間で、席を減らさなければ平均応答速度は15秒から1.4秒へ約9割減ります。ただし呼量が薄い小さなセンターでは、確率の余裕のために席を空けているので、席は減りません。
アーラン式で出した席数をそのまま要員計画に使えますか
そのままでは使えません。式は放棄呼(待ちきれずに切る顧客)を数えず、休憩や研修で受電できない時間(シュリンケージ)を含まず、1席が1件を受ける電話を前提にしています。またAIが定型呼を先に吸収すると、残った呼の平均処理時間が上がり、式に入れる数字そのものが動きます。式の結果は、これらを加味したうえで、契約更改やシフト改定の時期と合わせて読む必要があります。
「人ではなく席で数える」と、稟議書はどう変わりますか
「1人あたり◯分削減×時給」は1日の平均で効果を測る式で、「繁忙時に減らせる席数×席の単価」は需要の山で効果を測る式です。同じ1件1分の短縮でも、率は前者で13%、後者で16%と大差はなく、違いは時給を掛けるか席の単価を掛けるかと、平均で測るか繁忙時で測るかにあります。席を減らさなければ待ち時間は約9割減ります。席で書く場合は、それがどの契約やシフト改定でいつ費用になるかと、その1分が会話の打ち切りではなく後処理や探す時間から出ていることを、あわせて示すのが筋です。
関連して読まれている記事
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



