通信キャリアのAIコンタクトセンター戦略 ー 大量呼処理×生成AIの課題

三井住友カードのコンタクトセンターには、月間で約50万件超の相談が寄せられている。この規模の応対業務について、同社は2028年度をめどに全体の7割をAIで自動化する方針を示した。そのパートナーが、ソフトバンク傘下のGen-AXだ。Business Insider Japanの記事は、この動きを「コールセンターのAI化」の先行事例として取り上げている。ここで問いたいのは、なぜいま通信キャリア系のプレイヤーが、こぞって大規模コンタクトセンターの自動化に賭けているのか、という点だ。私の立場を先に書くと、これは「余っているものを持っている者どうしの戦い」だと見ている。呼量という重い負荷と、それをさばく運用ノウハウ。この2つを自前で抱えているのは、通信キャリアとそのグループBPOだけだからだ。
通信キャリアのコンタクトセンターは、そもそも桁が違う
まず規模の話から入る。当て馬として、一般的な事業会社のコンタクトセンターを置いてみる。多くの企業のセンターは、数十席から数百席の規模で、月間の入電も数万件のオーダーにおさまることが多い。ところが通信キャリアは、契約者数がそのまま問い合わせ母数になる。料金、故障、手続き、機種変更、解約。生活インフラである以上、問い合わせは景気にも季節にも左右されず、常に大量に発生し続ける。
その受け皿の規模を象徴するのが、KDDIと三井物産が2023年に統合して発足させたBPO大手のアルティウスリンクだ。ケータイ Watchの報道によれば、統合後の従業員は約58,000名、拠点は約100、取引先は1,300社を超え、国内コンタクトセンターでは売上規模で首位に立つ。三井住友カードの月間50万件という数字も、一社単位で見れば大きいが、キャリアグループ全体が抱える呼量の総体に比べれば一部にすぎない。
もっとも、規模が大きいことは、そのまま自動化しやすさを意味しない。むしろ逆で、扱う業務の種類が多く、間違えたときの影響範囲も広い。ここは単純に「大企業のほうがAI導入が進む」と読むと足をすくわれる。桁違いの呼量は、AIにとって魅力的な削減余地であると同時に、失敗が桁違いに響く場でもある。
なぜ「大量呼処理×生成AI」は難しいのか
大量の呼を生成AIでさばく難しさは、技術のアナロジーで考えると分かりやすい。従来のIVR(音声自動応答)は、あらかじめ決めた分岐をたどる「線路の上を走る電車」だった。決められた駅にしか止まらないが、その分だけ脱線しにくい。一方、生成AIによる応答は「一般道を走る自動運転車」に近い。柔軟にどこへでも行ける代わりに、道を間違える、つまりハルシネーション(事実と異なる回答)のリスクを常に抱える。
このリスクは現場の実感としても大きい。NTTマーケティングアクトProCXがまとめたコールセンター白書2024の調査では、生成AI活用に不安を持つ企業の8割以上が「事実とは異なる回答が混在する」ことを不安要素に挙げている。料金や契約という、間違えれば直接クレームや金銭トラブルにつながる領域を大量に抱えるキャリアにとって、この1点は避けて通れない。
もう一つの壁がコストだ。大量の通話をリアルタイムで音声処理すれば、GPUの利用料は呼量に比例して膨らむ。日本企業には従量課金への稟議上の抵抗が根強く、呼量が大きいほどROIの見積もりがシビアになる。速い応答、正確な回答、低いコスト。この3つは同時には成立しにくく、どれを優先するかがそのまま戦略の分岐点になる。留保をつけておくと、これはキャリアに限らず生成AI導入全般に共通する課題ではある。ただ、母数が桁違いのキャリアでは、そのトレードオフが最も鋭い形で表れる、ということだ。
通信キャリア各社の「型」を抜き出す
各社の打ち手を並べると、大量呼処理への向き合い方が数パターンの「型」に整理できる。
第一の型は、「答える」前に「振り分ける」ところからAIを入れる、入口設計型だ。NTTドコモビジネスが2025年12月に三菱UFJ銀行へ提供を始めた「発話ベースルーティング」は、着信時に生成AIが発話内容をリアルタイムで解析し、用件に応じて最適なオペレーターへ接続する仕組みだ。全部をAIに答えさせるのではなく、まず正しい窓口へ届けることに絞る。この発想の源流は、ドコモが早くから手がけてきた音声認識IVRの開発にある。番号入力の代わりに発話で専門センターへ転送するという、地味だが呼量削減に効く一手だ。
第二の型は、音声を生成AIで直接返しつつ、別のAIで監視する二層構造型だ。ソフトバンクとGen-AXのX-Ghostがこれにあたる。ソフトバンクの発表によれば、X-GhostはOpenAIのgpt-realtimeを用いたSpeech-to-Speech方式で、聞いた音声から直接音声を返すことで情報欠損や遅延を抑える。同時に、モニタリングAIがリスクを判定しガードレールで制御する。生成の柔軟さと、暴走させない監視を分業させる設計だ。Gen-AXの発表では、この構成を三井住友カードのコンタクトセンターに導入し、前述の7割自動化に向けた実装が始まっている。
第三の型は、グループBPOを実装と運用の母体にする、垂直統合型だ。KDDIは自社の「お客さまセンター」で、生成AIとデジタルヒューマンを組み合わせたAIエージェントの運用を2026年3月に開始している。さらにKDDI・アルティウスリンク・Rechoの3社で音声AIコンタクトセンターの構築に向けた協業を進め、まずKDDIグループ内で実証する形をとる。自社の巨大なセンターを実験場にし、そこで得た知見をBPO事業として外販につなげる。実際、KDDIとアルティウスリンクは応対品質管理業務で約24,000時間の削減といった数字を、外販の実績として掲げている。
3つの型に共通するのは、「いきなり全自動」を狙っていない点だ。振り分けから入る、監視を別立てにする、自社で試してから外に出す。大量呼処理という失敗の許されない場だからこそ、各社とも段階を踏む設計に落ち着いている。
ここからは私の見立てとして
ここまでは各社の事実を並べてきた。ここからは私の見立てとして書く。通信キャリアのAIコンタクトセンター戦略の本質は、コスト削減そのものよりも、「自社の呼量を教師データと実証環境に変換して、外販事業を立ち上げる」ことにあると考えている。三井住友カードやKDDIお客さまセンターは、ベンダーにとっての巨大なショーケースであり、そこで磨いた技術は Gen-AX やアルティウスリンクという別会社を通じて他社へ売られていく。自社のコストセンターを、プロフィットセンターの原資に変える動きだ。
ただ、自己反証を1つ入れておく。この見立てには、「本当にキャリア発のAIが、業種の違う他社のセンターでそのまま効くのか」という穴がある。キャリアの問い合わせは大量だが、料金や手続きという定型比率の高い領域が中心だ。医療や不動産のように、一件ごとに文脈が重く属人性の高い相談では、キャリアで磨いた自動化率はそのまま再現しないだろう。呼量の大きさが強みになるのは、あくまで「定型が多い」という前提とセットである点は差し引いて見るべきだ。
したがって、キャリア系AIコンタクトセンターが外販で勝てる条件は、次の3つがそろったときに絞られると見ている。第一に、対象業務の定型比率が高いこと。第二に、間違えたときのリカバリー設計(監視AI・有人へのエスカレーション)が実装済みであること。第三に、呼量ピークに対してコストが破綻しない課金モデルを持てること。この3条件を満たさないセンターに、キャリアの成功事例をそのまま持ち込むのは危うい。
まとめ
通信キャリアのAIコンタクトセンター戦略を整理すると、こうなる。第一に、彼らの武器は技術そのものより、桁違いの呼量とそれをさばく運用ノウハウという「余っている資産」である。第二に、大量呼処理に生成AIを載せる難所は、ハルシネーション・レイテンシ・コストのトレードオフに集約され、各社は「振り分け型」「二層監視型」「グループBPO垂直統合型」という段階的な型で回避しようとしている。第三に、その狙いはコスト削減にとどまらず、自社センターを実証環境と教師データに変えた外販事業の立ち上げにある。
では、問いを一つ残しておきたい。キャリアが自社の呼量を武器に外販へ回り込むとき、これまで独立系ベンダーが担ってきた「業種特化の細やかな設計」は、誰が引き受けるのか。規模で押すキャリアと、業種の機微で戦う専業ベンダー。この住み分けが2026年下半期にどう動くのかを、引き続き見ていきたい。
注記: 本稿の数値・固有名詞は各社の公式発表および報道をもとに、2026年7月19日時点で確認したもの。各社が公表する自動化率・削減時間・処理件数はベンダーおよび導入企業の発表ベースであり、一次実測での裏取りは未了(未確認)。後半の「見立て」以降は筆者(相原ことは)の個人的見解である。
出典
- Business Insider Japan「ソフトバンク傘下Gen-AXが仕掛ける『コールセンターのAI化』。三井住友カードは7割自動化へ」
- Gen-AX「三井住友カードのコンタクトセンターにGen-AXのAIオペレーターを導入」
- ソフトバンク「先端AIオペレーター『X-Ghost』の正式提供を開始」
- IT Leaders「KDDI、コンタクトセンターの窓口にAIエージェントを導入、デジタルヒューマンが顧客と対話」
- ケータイ Watch「KDDIなど3社、自然に会話できる音声AIコンタクトセンター構築で協業」
- KDDI「KDDIとアルティウスリンク、カスタマーサポート領域の新事業プロジェクトを開始(応対品質管理業務の約24,000時間削減)」
- ケータイ Watch「KDDIと三井物産、コンタクトセンター事業を統合『アルティウスリンク』を9月発足へ」
- NTTドコモビジネス「生成AIエージェントによるコールセンターソリューションを金融機関に提供開始」
- NTTドコモ技術ジャーナル「AIによるコールセンタお客様満足度向上とオペレータ業務効率化/音声認識IVRの開発/」
- NTTマーケティングアクトProCX「コールセンターに生成AIを導入する効果とは?(コールセンター白書2024の不安要素)」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。


