医療・介護のAI電話対応 ー 緊急性トリアージとAIの限界

長野県松本市の相澤病院は、2024年10月から受診予約をAI電話に切り替えた。自動音声が24時間365日、予約・変更・キャンセルを受け付け、同時に100回線をさばく。「電話がつながらない」という長年の不満が、ここで一つ解けた。ではその延長線上で、AIは「この症状、救急車を呼ぶべきですか」という問いにも答えられるのか。私の立場を先に置く。医療・介護の電話AIは、受付の自動化と緊急性の判断を同じ線の上に並べてはいけない。ここを分けられるかどうかが、この分野の成否を決める。
予約電話の自動化は、もう普通の話になった
医療機関の電話対応をAIに任せる動きは、実証段階を越えて日常運用に入りつつある。相澤病院のように予約・変更・キャンセルを一次受付するボイスボット型が広がり、AI電話サービスのIVRyは医療機関向けの用途として、診療予約の聞き取り、時間外の一次受付、営業電話の自動処理を挙げる。同社は導入先で対応が必要な電話が8〜9割減った事例や、慶應義塾大学病院で月2万件規模の電話を自動応答で処理した事例を公開している。
当て馬として、一般的なコンタクトセンターの自動化と並べてみる。予約変更やFAQ応答といった定型業務なら、医療機関の電話も一般CCと構造は変わらない。用件を聞き、枠を押さえ、確認を返す。この層だけを見れば、医療は特別ではない。もちろん、この比較には留保が要る。一般CCの自動化率と医療機関の削減事例は、母数の定義も測定期間もそろっていない。8〜9割という数字は「営業電話を含む着信全体」なのか「予約業務だけ」なのかで意味が変わる。単純に「医療でも9割減る」と読むのは早い。ここで確実に言えるのは、予約という定型業務に限れば自動化は成立している、という一点だけだ。
なぜ医療・介護の電話は、予約の先で急に難しくなるのか
問題は、電話の用件が予約から相談へ滑った瞬間に起きる。「予約したいのですが、実は今朝から胸が痛くて」。この一文で、電話は受付業務から臨床判断へ性質を変える。
日本がこの難しさをどう扱ってきたかは、救急安心センター事業(#7119)の設計に表れている。全国41地域で運用されるこの窓口では、症状を聞いて緊急度を判定するのは医師・看護師・救急救命士だ。緊急性が高いと判断すれば119番へ転送し、低ければ受診先と時間帯を案内する。つまり日本の公的な電話トリアージは、いまも人間の有資格者が判断の主体であり続けている。AIはその周辺、混雑の緩和や一次的な情報整理を担うにとどまる。
なぜ人間を外せないのか。海外の症状チェッカーを評価した研究が、輪郭を与えてくれる。オンラインの症状評価アプリ・大規模言語モデル(LLM)・一般の人による自己トリアージ判断の精度を比べたsystematic review(19研究を分析)では、症状評価アプリの正答率は11.5〜90.0%と大きくばらつき、LLMは57.8〜76.0%、専門知識のない一般の人は47.3〜62.4%だった。注目すべきはばらつきの幅だけではない。アプリは「実際より緊急度を高めに見積もる」傾向、すなわちover-triage(過剰トリアージ)に寄っていた。これは見逃し(under-triage)を減らす方向に働くので、安全設計としては理にかなっている。
トリアージAIの難しさは、料理の味見に似ている。予約受付は「注文を正しく聞き取る」作業で、答え合わせがすぐできる。だがトリアージは「一口で毒味をする」作業に近い。間違いの一方向(危険を安全と誤る)だけが致命的で、逆方向の誤り(安全を危険と誤る)は救急を混ませるだけで人は死なない。この非対称性がある限り、閾値は必ず安全側へ倒すしかなく、そうすると精度の議論は「何%当たるか」から「どちらに外すか」へと軸が移る。実績を数字で見ても、緊急ケースの正答率は症状評価アプリで74.5%どまり。裏を返せば4件に1件は緊急を緊急と拾えていない。この水準を「判断の主体」に据えるのは、まだ無理がある。
医療・介護の電話AIで効く「型」
事実の整理から、再現性のある設計パターンを抜き出す。
第一の型は「受付と判断の分離」だ。AIには予約・変更・キャンセル・営業電話の仕分けといった、答え合わせが即座にできる定型業務だけを持たせ、症状相談や緊急度の判断は人間の導線へ渡す。相澤病院やIVRyの事例が機能しているのは、AIの担当範囲を臨床判断の手前で止めているからだ。
第二の型は「緊急の即時エスカレーション」。IVRyの医療機関向け設計には、緊急の電話は即座にスタッフへ接続する分岐が組み込まれている。トリアージAIを「判断させる装置」ではなく「危険信号を検知したら人へ渡す仕分け装置」として使う。AIが担うのは判断ではなく、判断が必要な電話を素早く人へ運ぶルーティングだ。
第三の型は「誤りを安全側へ倒す」。前述のover-triage傾向は、バグではなく仕様として引き受ける。介護事業所の家族対応でも、電話AIが「念のため職員におつなぎします」と過剰に人へ回す設計は、効率は落ちるが取り返しのつかない見落としを防ぐ。効率と安全のトレードオフで、この分野は迷わず安全を取る。
第四の型は「規制ラインを越えない機能設計」。PMDAの整理では、一般的な情報提供にとどまるプログラムや、個別患者の状態に基づく診断・治療判断を行わないプログラムは医療機器に該当しない。逆に言えば、電話AIが個々の症状から緊急度を判定して受診行動を左右し始めた瞬間、プログラム医療機器(SaMD)該当性の問題に触れる。該当性ガイドラインを出しているのは厚生労働省であり、この線を意識せずに機能を足すと、事業がまるごと規制の射程に入る。
ここからは私の見立て
ここからは私の見立てとして書く。医療・介護の電話AIの本命は、トリアージそのものではなく「トリアージの入り口整理」だと考えている。英国のNHS 111と汎用AIを比較した研究(2025年)でも、汎用AIはNHS 111より速く、質問数も少なく回答できたが、結論は「置き換え」ではなく「補完」だった。AIは人間の判断を代替する方向ではなく、人間の判断を速く正確にする方向でしか、当面この領域に入れない。
自己反証を一つ入れる。この見立ては「精度が上がってもトリアージAIは主役になれない」と言い切っているが、そうとは限らない。仮にモデルの緊急ケース正答率が人間の有資格者と並び、かつ判断の根拠を監査可能な形で残せるなら、夜間の一次トリアージをAIが担い人間が事後確認する運用は成立しうる。#7119の人手が慢性的に足りない地域では、その圧力は現実に存在する。私の見立てが崩れるとすれば、精度そのものよりも「説明責任を誰が引き受けるか」の制度設計が先に整ったときだ。
だから成立条件を三つ置く。(1)AIの担当範囲が臨床判断の手前で明示的に止まっていること。(2)緊急信号の検知から人間への接続までの導線が、通話の混雑時でも切れないこと。(3)機能追加のたびにSaMD該当性を評価し、規制ラインを越える判断機能を無自覚に足さないこと。この三つが欠けたトリアージAIは、効率化の見返りに、最も払ってはいけない代償を差し出すことになる。
まとめ
第一に、医療・介護の電話AIは予約という定型業務ではすでに実運用に入っており、ここは一般CCと構造的に大きく変わらない。第二に、電話が相談へ滑った瞬間に難しさが一段上がり、日本の公的トリアージ(#7119)はいまも人間の有資格者を判断の主体に据えている。第三に、症状評価AIの精度はばらつきが大きく緊急ケースの取りこぼしが残るため、当面は「判断させる」より「安全側へ仕分ける」設計が現実解になる。
問いを一つ残す。トリアージAIに求めるべきは「人間並みの正答率」なのか、それとも「間違え方が人間より安全であること」なのか。この分野で先に答えを出すべきは、精度の数字ではなく、誤りの方向をどう設計するかのほうだと思う。
本記事の内容は2026年7月21日時点の公開情報に基づく確認です。見立ての部分は筆者個人の見解であり、特定の受診判断や医療行為を助言するものではありません。
出典
- 社会医療法人財団慈泉会(相澤病院)「受診予約や変更の申込みが、24時間365日に。相澤病院の予約受付に『AI電話』を導入。」
- IVRy「病院・クリニックの電話対応をAIにおまかせ」
- 総務省消防庁「救急安心センター事業(#7119)ってナニ?」
- npj Digital Medicine「Accuracy of online symptom assessment applications, large language models, and laypeople for self-triage decisions」
- Cureus「Evaluation of Artificial Intelligence for Patient Self-Triage: Comparison of General-Purpose AI Platforms With the NHS 111 Online Symptom Checker in the United Kingdom」
- PMDA(医薬品医療機器総合機構)「プログラム医療機器」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。


