多言語コンタクトセンターのAI対応はどこまで実現したのか ー 言語ごとに違う「できる・できない」の地図

訪日外客数は2025年に4,268万人と過去最高を更新し、前年比15.8%増となった。同じ年、在留外国人は412万人で初めて400万人を超え、こちらも過去最多を記録している。空港のカウンターでも、自治体の窓口でも、ECの問い合わせ窓口でも、日本語以外で話しかけられる場面は年々増えている。そこで問いたい。コンタクトセンターの多言語AI対応は、実際どこまで実現したのか。
結論から言えば、答えは「言語による」。ベンダーの資料には「100言語対応」「1,600言語対応」といった数字が並ぶが、その数字と「電話で音声のまま業務を完結できる言語」は同じではない。対応言語数の看板と、現場で使える対応度の間には、いま大きな段差がある。本稿はその段差を、言語ごとの地図として描き直したい。
1. 需要は増えている。ただし「観光の言語」と「生活の言語」は違う
まず需要の形を押さえておきたい。訪日客の内訳は、韓国945万人、中国909万人、台湾676万人、米国330万人、香港251万人と、上位が東アジアと英語圏に集中している。一方で在留外国人の内訳は形が違う。中国93万人に次いでベトナムが68万人、ネパールが30万人で、同じ出入国在留管理庁の統計では技能実習の在留者が44万人にのぼる。
この2つの数字を並べると、需要が二層に分かれていることが見えてくる。観光で必要になる言語は、韓国語・中国語・英語・繁体字中国語といった、いわゆるメジャー言語に寄る。対して生活や就労で必要になる言語は、ベトナム語・ネパール語・ミャンマー語・インドネシア語・タガログ語など、話者数は多くてもAIの学習データが相対的に少ない言語に広がる。
当て馬として「日本語対応さえできていれば、あとは英語を足せば十分」という発想を置いてみると、この二層構造の意味がはっきりする。訪日客対応だけなら英中韓で相当カバーできる。しかし在留外国人が使う役所・医療・生活インフラの窓口では、英語が通じない層こそが多い。単純に「言語数を増やせばよい」という話ではなく、どの言語で何をしたいのかで必要な技術水準が変わる。
2. なぜ言語で差が出るのか ー 音声AIは3つの部品の掛け算
言語による「できる・できない」の差は、音声AIが単一の技術ではなく、3つの部品の掛け算でできていることに由来する。
1つ目がASR(自動音声認識、話し言葉を文字にする)。2つ目がTTS(音声合成、文字を自然な声で読み上げる)。3つ目が、その言語で正しく業務判断できるLLM(大規模言語モデル)だ。電話の会話は「聞く→考える→話す」で成り立つので、この3部品が同じ言語で同じ水準に揃って初めて、音声のまま完結する。料理に例えるなら、食材(ASR)だけ一流でも、包丁(LLM)と盛り付け(TTS)が三流なら、客に出せる皿にはならない。
いま起きているのは、この3部品の対応度が言語ごとにバラバラに広がっている状況だ。ASRは急速に広がっている。MetaのOmnilingual ASRは1,600以上の言語を認識でき、少数の音声とテキストの例を与えるだけで5,400以上の言語へ拡張できるとされる。「聞く」部分は、低リソース言語でも埋まりつつある。
問題はTTSとLLMだ。Azureの音声サービスはニューラルTTSで140の言語・変種と400種類の音声を持ち、ネパール語も対応済みだが、シンハラ語のような言語は商用のニューラル音声が見当たらない。GoogleのText-to-Speechも380以上の音声で75以上の言語をカバーし、ビルマ語などの低リソース言語を追加してきているが、それでも認識できる言語数には届かない。つまり「聞けるが、自然な声で話せない」言語がまだ多く残る。加えて、その言語での業務回答をLLMが正確にこなせるかという第3の壁もある。3部品の掛け算だから、どれか1つが欠けると音声完結は崩れる。
3. 現場で成立させる「型」 ー 全言語を音声で、を捨てるところから
では、この段差を前提にどう組むか。実装で成立している型は、おおむね3つに整理できる。
第1の型は、音声レイヤーと会話ロジックを分けるプラガブル構成だ。Cognigyの音声AIエージェントは100以上の言語を扱い、話者の言語を検出してSTTとTTSを自動で差し替える。会話の中身を組むロジックは1つのまま、入口と出口の音声部品だけを言語ごとに載せ替える発想だ。MicrosoftのDynamics 365 Contact Centerも、Copilot Studioで作った音声エージェントが日本語・中国語を含む26言語に対応し、1つの電話番号で通話の途中でも言語を切り替えられる。餅は餅屋で、音声部品は差し替え可能にしておくのが基本形になる。
第2の型は、言語ルーティングと翻訳リレーの併用だ。音声AIが得意な言語は直接自動応答へ、苦手な言語は翻訳を挟んで日本語のオペレーターさんへつなぐ。国内でもX-HACKのContactXが、英語・中国語・韓国語をはじめ50以上の言語のリアルタイム書き起こしと翻訳に対応し、外国語専任スタッフを置けない企業でも日本語と同じフローで管理できる形を出してきた。全部をAIで話し切るのではなく、翻訳を通して人が受ける経路を最初から設計に組み込む。
第3の型は、用途とチャネルでの割り切りだ。全言語で音声完結を狙わず、メジャー言語は音声自動化、低リソース言語はメール・フォーム・チャットへ誘導する。テキストは音声より翻訳精度が安定するため、話者数は多いが音声品質が追いつかない言語ほど、テキスト経由に寄せる判断が効く。難しい言語を無理に音声で受けるより、確実に用件が伝わる経路を選ぶという割り切りだ。
4. ここからは私の見立てとして
3つの型を踏まえて、見立てを述べたい。多言語対応の意思決定で最初にすべきは、「何言語対応か」という問いを捨てることだと考えている。看板の言語数は認識できる言語も含んだ数で、業務で使える言語の数ではない。見るべきは、自社にかかってくる電話の言語構成と、その言語がASR・TTS・LLMの3拍子を満たすかどうかだ。
ここで自分の主張に反証を当てておく。「MetaのOmnilingual ASRが1,600言語を認識できるなら、低リソース言語の問題はもう解けるのでは」という見方はありうる。確かに「聞く」側は急速に埋まっている。しかし電話の会話は聞くだけでは半分で、自然な声で話し返すTTSと、その言語で正確に業務判断するLLMが揃わないと成立しない。認識対応数が増えても、音声完結できる言語が同じ速さで増えるわけではない。この非対称性が、当面は残る。
だとすれば、投資の配分は言語のTier分けで決めるのが現実的だ。訪日客中心のセンターなら英中韓を音声で厚くする。在留外国人の生活窓口なら、ベトナム語やネパール語は翻訳リレーとテキスト経由で確実に受け、シンハラ語やミャンマー語のような言語は当面テキストと有人翻訳に割り切る。自社の顧客が観光客なのか生活者なのかで、最適解はきれいに分かれる。
まとめ
第一に、多言語対応は「何言語に対応しているか」ではなく「どの言語で音声まで完結できるか」で見る。認識対応数と業務対応数は別物として扱う。
第二に、需要は観光と生活の二層に分かれ、必要な言語がずれている。しかも難しい低リソース言語ほど、在留外国人の生活側に多く現れる。技術が得意な言語と、社会が必要とする言語が一致していない。
第三に、「全部を音声で」という前提を捨て、言語とチャネルで割り切る設計が現実解になる。プラガブル構成・翻訳リレー・テキスト誘導を、言語のTierに応じて組み合わせる。
最後に問いを残したい。あなたのセンターにかかってくる外国語は、AIが自然に「話せる」言語だろうか。それとも、いまはまだ「聞くだけ」の言語だろうか。多言語対応の設計は、その見極めから始まる。
注記
本稿の数値・事実は2026年7月28日時点で公開情報を確認した。訪日外客数・在留外国人数は2025年の実績値。各社の対応言語数は公表資料に基づくが、音声品質や電話帯域での実精度は言語・環境により変動する。ベンダーの対応言語数は認識・翻訳・音声合成のどこまでを含むかで定義が異なる点に留意されたい。3章以降の型の整理と4章の投資配分に関する見解は、筆者(相原ことは)の個人的な見立てを含む。
出典
- JNTO(日本政府観光局)「訪日外客数(2025年12月推計値)」
- nippon.com「在留外国人が初の400万人超/出入国在留管理庁」
- VentureBeat「Meta returns to open source AI with Omnilingual ASR models」
- Microsoft Learn「Language and Voice Support for Azure Speech」
- Google Cloud「Supported voices and languages|Cloud Text-to-Speech」
- NiCE Cognigy「Voice AI Agents」
- CX Today「Microsoft Announces Multilingual Contact Center Voice Agents」
- PR TIMES(X-HACK)「AIコールセンター『ContactX』、50以上の言語のリアルタイム書き起こし・翻訳に対応」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



