解決率73.1%、Intercomはなぜ自社でモデルを鍛え始めたのか ー「評価を作る力」がCSベンダーの堀を作り替える

2026年3月26日、Intercom(同年5月12日に社名を「Fin」へ変更。6月15日にはSalesforceが約36億ドルでの買収契約を発表し、2026年9月時点で未完了。本稿では発表時点の社名で表記します)が自社ブログに「Announcing Fin Apex: The age of vertical models is here」という記事を出しました。カスタマーサポートAI「Fin」の回答エンジンを、それまで使っていたGPTやClaude Sonnet 4.0から、自社でポストトレーニングしたモデル「Fin Apex 1.0」に置き換えたという発表です(出典:Intercom公式ブログ)。
同じ月、Decagonは「Decagon Labs」の設立を公表し、そこでこう書いています。自社のモデルトラフィックの80%超が、すでに自前で訓練したモデルの上で動いている、と(出典:Decagon公式ブログ)。
問いは「どのモデルが優秀か」ではありません。カスタマーサポート(以下CS)のベンダーが、なぜ自分でモデルを鍛え始めたのかです。先に述べると、私はこれをモデルの話ではなく、評価(Evals)を誰が持つかという話だと考えています。そして日本のCS業界にとって、そこが一番手薄な場所です。
1章:Sequoiaの記事に、CSの会社は一社も出てこない
きっかけは、米Sequoia Capitalが2026年8月19日に公開した「Own Your Intelligence: A How-To Guide」という記事です(出典:Sequoia Capital)。AIアプリ企業の競争軸が、「どのモデルを使うか」から「自社に必要な知能をどこまで自分で作り込むか」へ移った、という趣旨のものです。
Sequoiaはその手順を4段階で示しています。
Evals(評価):何を正解とするかを定義し、試験問題と採点基準を作る
Harness と Context:モデルの周りの段取りを設計する
Post-training(追加学習):モデル自体を鍛える
Online Learning:本番の利用履歴を回収し、改善を回し続ける
主役として登場するのは法務AIのHarveyです。同社は2026年5月にLegal Agent Benchmark(LAB)を公開しました。24の法務分野にまたがる1,200超のタスクと、専門家が記述した7万5,000項目以上の採点基準からなります(出典:Harvey公式ブログ)。そのうえで8月20日、Kimi K3を土台に追加学習したモデル「Harvey Tenet」を公開しました(出典:Harvey公式ブログ)。研究チームはわずか7名です(出典:Sequoia Capital)。
ここで押さえておきたいのは、このSequoiaの記事に、Sierra、Decagon、Intercom、CrestaといったCS領域の企業は一社も登場しないということです。にもかかわらず、4段階のうち①と③は、CS領域ですでに実行されています。もっと言えば、法務より先に走っていた部分すらあります。
比較対象を先に置きます。業種特化モデルを最初に名乗ったのは、法務でもコーディングでもなく、コンタクトセンターでした。Cresta が「世界初のコンタクトセンター基盤モデル」としてOcean-1を発表したのが2023年6月(出典:Contrary Research。Cresta公式の発表ページは現在アクセスできず、一次情報での確認は取れていません)、Observe.AIが300億パラメータのコンタクトセンター特化LLMを発表したのが同じく2023年6月です(出典:Observe.AI公式リリース)。Harvey Tenetの3年前です。
もっとも、単純に「CSが先行していた」と言うのは正確ではありません。この2社はその後、モデルの世代更新に関する公開情報が乏しく、Crestaは現在むしろ評価基盤側(評価器群とシミュレーション)の発信に軸足を移しています(出典:Cresta公式ブログ)。先に走ったことが、そのまま優位には転化していないというのが、事実から読める姿です。
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