「カスハラには毅然と対応します」では現場は動けない ー コールセンターの対応方針、書くべき粒度はどこか

カスタマーハラスメント(カスハラ)対策が全事業主の義務になる2026年10月1日まで、あと1ヶ月あまり。ところが就業者300名への実態調査では、対応マニュアルが「整備されていない」「わからない」を合わせた未整備・不明の職場が59.3%にのぼった(2026年6月実施・従業員側への意識調査)。ここで問いたいのは「作ったか」ではなく、「作った方針で現場は動けるのか」である。多くの企業が最初に用意するのは「カスハラには毅然と対応します」という宣言だが、電話口で罵声を浴びているオペレーターは、その一文では何もできない。先に立場を言えば、宣言型の方針と運用型の方針を分けるのは理念の強さではなく、判断基準・権限・記録・エスカレーションという4つの要素の「粒度」だと考えている。
義務の入り口は「方針の明確化」、ただし粒度は法律が決めてくれない
制度の現在地を確認する。契約ウォッチの解説によると、2025年6月11日公布の改正労働施策総合推進法により、カスハラへの対応は事業主の雇用管理上の措置義務となり、2026年10月1日に施行される。BUSINESS LAWYERSの解説が整理するとおり、厚生労働省は2026年2月26日に指針(令和8年厚生労働省告示第51号)を告示し、事業主方針の明確化と周知・啓発、相談体制の整備、事後の迅速かつ適切な対応などを講ずべき措置として定めた。違反すれば報告徴求・助言・指導・勧告、さらに企業名公表の対象になり得る。
カスハラの法的定義は政府広報オンラインにあるとおり「社会通念上許容される範囲を超えた顧客等の言動により労働者の就業環境が害されること」である。ここで注意すべきは、法律と指針が求めるのは「方針を明確化し周知すること」であって、方針に書く粒度までは決めてくれない点だ。例えるなら、建築基準法が「安全な建物を建てよ」と命じても設計図は各社が引くのと同じで、粒度の設計はコールセンター自身の仕事として残る。
当て馬として先行事例を置く。JR東日本が2024年4月に公表した方針は、単なる宣言に留めず、カスハラの定義を明記したうえで、該当行為があった場合には「サービスの提供を中止する」ことまで踏み込んで書いた点が当時話題になった(IVRyの解説に詳しい)。よつば総合法律事務所の解説によると、この公表は鉄道業界に波及し、NTTグループも2024年5月にグループ共通方針を策定した。義務化の2年以上前に、先行企業は「宣言+線引き+対応の帰結」まで書く型を示していたことになる。
宣言型と運用型は何が違うのか ー 「決めてある」ことの範囲

両者の差は、現場の一人が迷う瞬間を想像すると分かりやすい。深夜帯、同じ顧客から3回目の電話で、オペレーターが人格否定の言葉を浴びている。宣言型の方針しかないセンターでは、このオペレーターは「我慢して続けるべきか、切ってよいのか」を自分で判断しなければならない。運用型の方針があるセンターでは、「この言動は方針の類型に該当する」「一次判断は本人ができ、通話終了の宣言文言が決まっている」「終了後は所定の記録を残し、SV(スーパーバイザー)に報告する」という一連の動きが決まっている。
前掲のKeySession調査は、この差が従業員心理に直結することを示している。マニュアルが整備されていても内容を理解していない層では職場への不信感が27.7%と、理解している層(8.8%)の3倍超にのぼった。つまり「作って掲示したが現場が使えない方針」は、未整備とあまり変わらない心理状態を生む。方針の粒度は、法令対応の体裁の問題ではなく、従業員が会社を信頼できるかの問題である。
書くべき項目の型 ー 判断基準・権限・記録・エスカレーションの4軸
では、コールセンターの対応方針には何をどの粒度で書くべきか。4軸に整理する。
第一に「判断基準」。カスハラの定義を自社の業務に引き付けて類型化する。暴言・脅迫・土下座要求・長時間拘束・執拗な繰り返し・性的言動・SNS晒しの示唆など、指針が例示する行為類型を自社の窓口で起こり得る形に書き直し、「要求内容が正当でも、手段・態様が不相当ならカスハラに該当し得る」ことを明記する。粒度の目安は、新人オペレーターが通話中に「これは類型の何番か」を当てはめられるレベルである。
第二に「権限」。誰が何を決められるかを書く。通話の切断・対応の中止を一次判断できるのは誰か(本人か、SV承認が要るか)、出入り禁止や法的措置など重い帰結は誰の決裁か。JR東日本型の「サービス提供の中止があり得る」という帰結の明言は、権限の所在とセットになって初めて現場で使える。権限が書かれていない方針は、結局すべてを上長判断に戻し、その場の我慢を長引かせる。
第三に「記録」。何を・どこに・いつまでに記録するかを決める。日時・相手・言動の内容・自社の対応・警告の有無を定型で残し、通話録音と相互参照できるようにする。記録は事後対応と再発時の判断の土台であり、措置義務を果たした証明にもなる。通話録音の法的位置づけと保存設計は昨日の記事で扱ったため、ここでは省略する。
第四に「エスカレーション」。一次対応から組織対応への引き上げ条件を数値と時間で書く。「同一顧客からのカスハラ該当行為がN回目で管理者対応へ」「脅迫・危害予告は即時に警察・弁護士連携へ」といった段差である。指針が求める相談体制・外部連携は、この段差設計として方針に落ちる。
この4軸に沿って書かれた方針は、そのままAI活用の設計図にもなる。全通話テキスト化、カスハラ兆候の検知、記録の自動生成といった国内ベンダー各社の機能は、「判断基準の類型」と「記録の定型」が文書として存在して初めて学習・運用の対象にできるからだ。方針の粒度が粗いセンターは、検知AIに「何を検知させるか」を定義できない。
ここからは私の見立て
ここからは私の見立てとして書く。10月の施行日を境に、方針の有無で問われるフェーズは早期に終わり、翌年度からは「方針が実際に機能したか」、すなわち記録と運用実績で説明できるかが問われるフェーズに移ると見ている。パワハラ義務化がそうだったように、施行後に起きる個別事案と労働局への相談が、方針の粒度不足を一つずつ露呈させていくはずだ。
自己反証もしておく。粒度を上げるほど良いとは限らない。判断基準を細かく書きすぎると、類型に載っていない言動への対応が宙に浮き、「方針にないから動けない」という逆の硬直を生む。実務的な均衡点は、類型は例示列挙であることを明記し、迷った場合の相談先と暫定対応(保留・SV交代)を必ず添えることだろう。方針は完成品ではなく、事案が起きるたびに類型と段差を改訂する生きた文書として設計する必要がある。
この設計が機能する条件は、方針・研修・記録ツールの3点が同じ類型定義を共有していること、そして改訂の責任者が決まっていることである。
まとめ
第一に、義務化が求める「方針の明確化」は宣言では足りず、判断基準・権限・記録・エスカレーションの4軸を現場が使える粒度で書くことが実質である。第二に、先行したJR東日本・NTTグループの方針は「定義+帰結の明言」の型を示しており、義務化対応の参照点になる。第三に、方針の粒度はカスハラ検知AIや記録自動化を導入する際の設計図を兼ねる。施行まで1ヶ月あまり、あなたのセンターの方針は、深夜の3回目の電話に出ているオペレーターを守れる粒度で書かれているだろうか。
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注記
本記事は2026年8月28日時点の公開情報に基づくデスクリサーチであり、筆者個人の見解を含む。KeySession調査は就業者側への意識調査(300名・2026年6月実施)であり、企業側の整備状況の統計ではない。法的判断が必要な場面では弁護士・社会保険労務士等の専門家への相談を推奨する。
出典
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



