旅行・航空・宿泊のコールセンターAIはなぜ難しいのか ー 繁忙期スパイク×多言語×高感情の三重苦

2024年7月19日に起きたCrowdStrikeのシステム障害で、Delta航空は5日間で約7,000便を欠航させ、約130万人の旅客に影響、CEO自ら約5億ドルの損失と説明した。欠航や遅延が起きた瞬間、旅客は一斉に電話をかける。コールセンター(コンタクトセンター)にとって、旅行・航空・宿泊は「呼量が予測できない」業種の代表格だ。ではなぜ、この業界はAI自動化の優等生になれないのか。もちろん導入事例は増えている。ただし私は、この業種のAI設計は「平常時」と「非常時」を最初から分けて考えない限り機能しない、という立場を取る。
1. 需要の異変:訪日4,268万人と「電話が鳴りやまない日」
まず規模を確認する。日本政府観光局(JNTO)の推計では、2025年の訪日外国人旅行者数は4,268万3,600人と初めて4,000万人を超え、過去最高だった2024年の3,687万148人を15.8%上回った。旅行需要そのものが構造的に増えており、航空会社・ホテル・旅行会社の顧客接点に流れ込む問い合わせも当然増える。
当て馬としてEC・通販のコールセンターと比べると、違いがはっきりする。ECの呼量はセールやキャンペーンである程度予測でき、ピークも自社でコントロールできる。一方、航空・旅行の呼量ピークは台風・大雪・システム障害といった外生イベントで決まり、自社では制御できない。前述のDelta航空の障害では、約130万人の旅客が影響を受け、再予約・返金・補償の問い合わせが数日間に集中した。ただし、この比較には留保も必要で、ECにも突発的な商品事故や配送障害はある。程度の差ではあるが、「最繁忙が予測不能かつ数十倍規模で来る」のは旅行・航空に固有の条件と言ってよい。
2. メカニズム:三重苦はなぜ同時に来るのか
この業種のコールセンターAIが難しい理由は、3つの条件が「同じ瞬間に」重なることにある。
第一に、需要スパイク。遅延・欠航(業界用語でイレギュラー運航、IROPS)が起きると、平常時の何倍もの入電が数時間に集中する。人員は急には増やせない。アナロジーで言えば、普段は2車線で足りる道路に、事故の日だけ10車線分の車が流れ込むようなものだ。
第二に、多言語。訪日客が4,000万人を超えた今、問い合わせは日本語だけでは完結しない。国内のホテル・旅館向けAI電話サービスでも、英語対応は主要サービスの大半が済ませている一方、中国語・韓国語まで対応するサービスは限られるというのが2026年時点の実情だ。多言語オペレーターの採用はさらに難しく、供給が構造的に足りない。
第三に、高感情。飛行機に乗れない、宿に着けない、返金されない、という状況の顧客は強いストレス下にある。ここでAIが誤答すると、単なる顧客体験の毀損では済まない。2024年2月、カナダ・ブリティッシュコロンビア州の民事解決審判所(Civil Resolution Tribunal)は、Air Canadaのチャットボットが忌引運賃について誤った案内をした事案で、「過失による不実表示」を認定し812.02カナダドルの支払いを命じた。Air Canadaは「チャットボットは別の主体」と主張したが、審判所は「ウェブサイト上の情報はすべて会社の責任」と退けた。金額は小さいが、「AIの誤案内は会社の責任」という前例として世界中で参照されている判断だ。
つまり、呼量が最大化する瞬間に、言語の壁と感情の壁が同時に立ち上がり、しかも誤答のコストが法的責任にまで届く。これが三重苦の構造である。
3. 戦略の型:どこをAIに任せ、どこで人に渡すか
では、実務ではどう設計すべきか。再現可能なパターンは4つある。
型1:平常時と非常時の二層設計。 平常時の予約確認・変更・FAQは自動化の本丸で、ここは他業種と同じように攻めてよい。一方、大規模イレギュラー時は、AIの役割を「状況通知・振替候補の提示・待ち時間の明示」に退避させ、判断を伴う補償・例外対応は最初から有人に寄せる。米国の航空会社でも、United Airlinesが自動音声で欠航時の再予約やホテル・ミールバウチャーの案内まで誘導する一方、複雑な判断は人に接続する構成を取っていると報じられている。なぜ効くか。非常時は「正確さより速さと透明性」が顧客の期待値になるため、AIの得意領域と一致するからだ。
型2:多言語は「広く浅く」ではなく「絞って深く」。 対応言語を訪日構成比の高い言語(英語・中国語・韓国語)に絞り、その言語では予約変更まで完結できる深さを作る。中途半端に10言語対応を謳って、どの言語でも一次案内止まり、という設計が最も再問い合わせを生む。
型3:誤答コストで自動化の線を引く。 忌引運賃・補償・返金のような「誤ると法的責任に直結する」領域は、Air Canadaの教訓に従い、AIに断定させず必ず一次情報(運賃規則・約款)への参照と有人確認を挟む。FAQの言い回しを間違えるのと、補償額を間違えるのとでは、失敗の単価が2桁違う。
型4:本番前に正答率を測り切る。 国内では、JALカードがGen-AXの自律型AIオペレーター「X-Ghost」を2026年4月にコンタクトセンターへ導入した際、導入前の検証でAI回答の正答率9割超を確認してから本番判断をしたと説明している。数値はベンダー・導入企業側の発表であり第三者検証ではない点は割り引く必要があるが、「検証で基準値を決めてから本番に進む」工程設計そのものは、高感情業種でこそ真似る価値がある。
4. 示唆:ここからは私の見立てとして
ここからは私の見立てとして書く。逆説的だが、三重苦の1つ目である需要スパイクこそ、長期的にはAIの本領だと考えている。人間のオペレーターは急には増やせないが、AIの同時応答数は原理的にスケールする。障害当日に「つながらない電話」を放置するくらいなら、たとえ解決率が平常時より落ちても、状況説明と振替提示だけでも自動で返す方が顧客の不安は小さい。
自己反証もしておく。「三重苦の業種だからこそAIではなく有人増強が正解だ」という見方はあり得るし、最高級ホテルのように人的対応自体が商品価値である業態では正しい。ただ、多言語人材の採用難と人件費を考えると、業界全体で有人だけに寄せる選択肢は現実的に取れない。またAIのスケーラビリティも無条件ではなく、基盤側の同時接続上限や、そもそもの電話回線容量で頭打ちになる場合がある。
条件を付けるなら、こうなる。平常時の自動化で顧客とAIの間に「信頼の貯金」ができていること、非常時モードへの切り替えが人手を介さず発動できること、そして誤答コストの高い領域に線を引いてあること。この3条件が揃った事業者から、繁忙期スパイクはAIで受け切る運用に移行していくはずだ。
まとめ
第一に、旅行・航空・宿泊のコールセンターは、予測不能な需要スパイク・多言語・高感情という3条件が同時に重なる、AI導入の最難関業種である。第二に、だからこそ設計は「平常時の自動化」と「非常時の退避モード」の二層に分け、誤答コストの高い補償・返金領域には最初から線を引く必要がある。第三に、訪日4,000万人時代の多言語需要は有人だけでは構造的に賄えず、絞った言語で深く完結させるAI設計が現実解になる。
問いを残したい。あなたのセンターで大規模イレギュラーが起きた日、AIは「つながらない電話」の代わりに何を返せるだろうか。
注記
本記事の事実関係は2026年8月9日時点で公開情報をもとに確認した。導入効果の数値には企業側の自己申告を含む。見解にわたる部分は筆者個人のものである。
出典
CNBC「Delta CEO says CrowdStrike-Microsoft outage cost the airline $500 million」
CBC News「Air Canada found liable for chatbot's bad advice on bereavement rates」
Live and Let's Fly「United Airlines Fixes One Of The Most Annoying Parts Of Calling Customer Service」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



