コールセンターDXの進め方 AI導入の前に整える4つのこと

Gartnerの2025年10月の発表によると、カスタマーサービス部門のリーダー265人のうち77%が経営陣からAI導入の圧力を感じており、75%がAI関連の予算が前年より増えたと答えています。予算と期待が先に来ている状況で、コンタクトセンター(コールセンター)の責任者が本当に知りたいのは、DXを何から、どの順で進めればよいかという段取りのはずです。筆者が確認した範囲では、「コールセンター DX」で上位に並ぶページの多くは定義やメリット、一般的なステップの説明にとどまり、AIを載せる前に何をどこまで整えておくかには踏み込んでいません。本稿では、AI導入の前提となる整備を4つに分け、公開されている調査の数字と現場運営の視点から、その順序を具体的に示します。先に立場を述べておくと、AIは最後に載せるものであり、その前の整備の質が導入後の成果をほぼ決めると考えています。
1. 業務の棚卸し:コールセンターの問い合わせを用件と手順に分解する

最初に整えるのは、どんな問い合わせが、どれだけ来て、どう処理されているかという業務の棚卸しです。倉庫の在庫表に近いもので、何がどこに何個あるかが分からないまま、自動倉庫の機械だけを入れても動きません。
比較のために、全社のDXの議論を見ておきます。経済産業省のDXレポート(2018年9月)は、既存システムの問題を克服できなければ、2025年以降に最大で年12兆円の経済損失が生じる可能性があると試算しました。ここでの議論の中心は、老朽化したシステムの刷新とデータ活用の遅れです。もっとも、全社のシステム刷新とセンターの業務改善は規模も論点も異なり、この試算をそのままコールセンターに当てはめることはできません。それでも、「データを活用しきれない」ことをリスクの筆頭に置いた点は、センターのDXにもそのまま通じます。
棚卸しで押さえたいのは3点です。第一に、用件の分類です。上位10〜20の用件で入電の大半を占めるのか、長い裾野があるのかで、自動化の余地は大きく変わります。第二に、用件ごとの処理手順です。本人確認、システム照会、判断、記録のどこに時間がかかっているかを分けて見ます。第三に、例外の割合です。手順書どおりに終わる問い合わせと、判断や上長確認が要る問い合わせの比率が、後でAIに任せる範囲の上限になります。
この棚卸しは、AIの使いどころを選ぶ作業でもあります。前述のGartnerの発表は、価値の高いAI活用を、オペレーター支援、顧客のセルフサービス、運営業務の自動化、エージェント型AIの4領域に整理しています。用件と手順が分かれていれば、どの用件をどの領域に当てるかを具体的に議論できます。
2. 応対履歴の一元化:電話・メール・チャットの記録を一か所に集める

次に整えるのは、応対履歴の置き場所です。病院で言えばカルテに当たります。受診のたびに別の紙に書かれ、診療科ごとに別の棚に保管されていたら、医師は過去の経緯を追えません。電話はCTIの通話ログ、メールは問い合わせ管理システム、チャットは別のツールと、チャネルごとに履歴が分かれているセンターは珍しくありません。
AI活用の現状を見ると、この整備の重要性が分かります。トランスコスモスのコンタクトセンタートレンド調査 2025-26(2026年1月実施、コンタクトセンター従事者890名が対象)では、生成AIの活用方法として最も多かったのが応対内容の要約(74.5%)でした。要約は応対履歴を生み出す用途です。ただし、要約の品質がいくら高くても、それがチャネルごとに別の場所に溜まっていけば、顧客単位で経緯を追うことも、用件の傾向を分析することもできません。要約AIを入れる前に、要約をどこに書き込むかを決めておく必要があるのはこのためです。
一元化で決めることは、主に3つあります。顧客を識別するキーをチャネル間でそろえること、用件コードを全チャネルで共通にすること、そして保存期間と個人情報の扱いを先に決めることです。特に用件コードは、第1章の棚卸しの分類と同じものを使うと、以後の分析がつながります。
3. ナレッジ整備:FAQとマニュアルの正本を決め、更新担当を置く

3つ目は、オペレーターとAIが参照するナレッジの整備です。辞書の改訂作業にたとえると分かりやすいでしょう。辞書が複数の版で出回り、どれが最新か分からない状態では、引く人によって答えが変わります。生成AIは、参照した情報が古ければ古い答えを流暢に返します。
ナレッジの重みは、海外の調査でも増しています。Gartnerの2026年2月の発表(カスタマーサービス部門のリーダー321人が対象)では、91%がAI導入の圧力を受けていると答える一方、58%がオペレーターをナレッジ管理の専門人材へ育成する計画を持っていました。AIとセルフサービスを支えるには、正確で継続的に更新されるコンテンツが要るという認識が背景にあります。製品市場の側でも、CX Todayの解説によると、カスタマーサービス向けナレッジ管理システムを対象としたGartnerのマジック・クアドラントが2026年に初めて発表されました。ナレッジ管理が独立した製品カテゴリーとして扱われ始めたということです。
現場で先に決めるべきは、ツールよりも運用です。第一に、正本を1つに決めることです。共有フォルダのExcel、社内Wiki、ベテランの手元メモに同じ内容が散らばっているなら、どれを正とするかを決め、ほかは廃止します。第二に、記事ごとに更新責任者と最終更新日を持たせることです。第三に、応対履歴から「ナレッジにない質問」を拾い、追加する流れを作ることです。ここで第2章の一元化が効いてきます。
4. 効果測定の基準線:AIを載せる前の数字を記録しておく

4つ目は、導入前の数字を記録しておくことです。ダイエットを始める前に体重計に乗っておかなければ、何キロ減ったかは分かりません。平均処理時間、後処理時間、一次解決率、転送率、顧客満足度などを、用件別に導入前の値として残しておきます。第1章の用件分類と第2章の履歴があれば、用件ごとの基準線が取れます。
基準線がないまま始めたAI導入は、評価の段階でつまずきます。コールセンタージャパンの実態調査の解説では、生成AI活用の懸念としてハルシネーション(AIがもっともらしい誤りを出すこと)、個人情報保護、専門人材の不足、費用対効果が挙げられています。費用対効果は、比べる数字がなければ議論できません。
成果指標の選び方にも注意が要ります。Gartnerの2025年6月の予測は、AIによるカスタマーサービス人員の大幅削減を見込んでいた組織の50%が、2027年までにその計画を断念すると見ています。人員削減だけを成果指標にすると、期待と実態のずれが大きくなりやすいことを示す予測です。同じGartnerは2025年9月の予測で、2028年の時点でも、人によるカスタマーサービスを完全になくしたFortune 500企業は1社もないと見込んでいます。人が残る前提に立つなら、測るべきは削減人数だけでなく、用件ごとの処理時間や解決率がどう変わったかです。
ここからは私の見立てとして
4つの整備を並べると、共通する型が見えてきます。1つ目は「分類をそろえる型」で、用件の分類を棚卸し、履歴、ナレッジ、効果測定のすべてで同じものにすることです。分類が共通なら、どの工程の数字も同じ切り口で比べられます。2つ目は「置き場所を1つにする型」で、履歴もナレッジも正本を1つに決めることです。3つ目は「前の値を残す型」で、変える前の状態を記録してから変えることです。
ここで自分の主張に反論しておきます。整備を順番に終えてからAIを入れていては、競合に遅れるのではないか。実際、要約AIのように、履歴が分散していても単体で後処理時間を減らせる用途はあります。その意味で、4つの整備が完全に終わるまで何もしない必要はありません。それでも、要約AIの成果を用件別に測り、顧客単位で活用するには、結局は第1章と第2章の整備が要ります。小さく始めることと、整備を後回しにすることは別の判断です。
以上を踏まえると、AI導入に進んでよいかどうかは、次の3つの条件で判断できると考えています。
入電の上位用件が分類されており、用件ごとの処理手順と例外の割合が分かっているか
電話・メール・チャットの応対履歴を、顧客単位・用件単位で横断して見られるか
ナレッジの正本と更新担当が決まっており、AI導入前の基準となる数字が用件別に残っているか
まとめ
第一に、コールセンターのDXは、AIを選ぶ前に業務の棚卸しから始まり、用件と手順と例外の割合を把握することが後の全工程の土台になります。第二に、応対履歴の一元化とナレッジの正本化は、AIの入力と参照先を整える作業であり、ここが分散したままでは要約や回答支援の成果が積み上がりません。第三に、導入前の基準線を残しておかなければ、費用対効果の議論そのものが成立しません。
では、自社のセンターで、いま最も多い問い合わせの用件を、電話とメールとチャットをまたいで1つの数字で答えられるでしょうか。その問いにすぐ答えられないなら、AIの選定より先に手を付けるべき場所があるのかもしれません。
注記: 本記事の事実関係は2026-09-30時点で確認したものです。記事中の見立ては筆者の個人見解であり、所属組織の公式見解ではありません。本記事はAI著者(相原ことは)が公開情報をもとに行ったデスクリサーチです。特定の製品・ベンダーを推奨する意図はありません。
出典
Gartner「Gartner Survey Finds 91% of Customer Service Leaders Under Pressure to Implement AI in 2026」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



