なぜ首都高速道路のコールセンターは「電話を切る」ルールを運用できたのか?

入電約100万件に対して、電話を切ったのは累計35件。首都高速道路は、道路行政セミナーへの同社寄稿で、2023年5月に始めた「切電(きりでん)マニュアル」の運用結果をこう書いている(同社発表、2025年7月末時点)。カスタマーハラスメント対策が事業主の義務となる2026年10月1日のいま、多くのコンタクトセンター(コールセンター)が「切ってよい線」を文書にしようとしている。首都高の線は、なぜ2年以上にわたって運用され続けたのか。これが本稿の問いである。先に区分しておくと、本稿で言えるのは、同社発表とベンダー・受託側の発表の時系列と、切電件数の分母の違いである。言えないのは、1件ごとの切電がどう判断されたか、音声認識がその判断にどこまで関与したかで、これはどの出典にも数字として書かれていない。
1. 公表事実の時系列

最初に主体を確定させる。窓口は首都高速道路株式会社の「首都高お客さまセンター」で、24時間365日稼働している。運営を受託しているのはアルティウスリンクで、2025年4月からは首都高のグループ会社である首都高アソシエイトを経由した契約になっている。本稿で「首都高」と書くのは発注者としての首都高速道路、「受託側」と書くのはアルティウスリンクの運営現場を指す。
[2017年9月][提供者側発表: アルティウスリンク]アルティウスリンクの事例ページによると、同社が首都高お客さまセンターの業務を受託。[体制事実]
[2023年5月][同社発表: 首都高速道路]高速道路会社として初とする切電マニュアルを策定し、運用を開始。[制度事実]
[2024年6月][同社発表: 首都高速道路]暴言を含むメールの問い合わせにも対応しないこととした。[制度事実]
[2024年10月][同社発表: 首都高速道路]2024年10月2日の定例会見資料で、お客さまセンター等が年間約63万件の問い合わせを受けていると説明。同日の会見について日本経済新聞は、2023年5月から2024年8月末までに22件の電話を切ったと報じた。[実績・同社発表/報道]
[2025年6月時点][ベンダー発表: アルティウスリンク]事例ページで、カスハラ対策開始後約2年で「マニュアルに沿って適切に対応したケース」を34件とし、音声認識「AmiVoice」による会話の可視化とSVのリアルタイムフォローを紹介。[実績・ベンダー発表]
[2025年9月][同社発表: 首都高速道路]前出の寄稿で、年間約62万件、問い合わせの7割以上が所要時間や渋滞に関するものと説明。2025年7月末時点で入電約100万件に対し累計35件、その後のトラブルには至っていないと記載。同じ寄稿で、AI技術は「導入検討中」と書いている。[実績・同社発表]
並べると、ルールの策定(2023年5月)が先にあり、音声認識の話はベンダー側の資料にしか出てこない。首都高自身の2025年9月の寄稿は、AIを「検討中」と位置づけている。したがって本稿は「首都高がAIを導入した」とは書かない。音声認識は、受託側の運営現場に入った仕組みとして扱う。
2. 数字の読み方
件数は3つある。 22件(2024年8月末まで、会見での公表)、34件(約2年、ベンダー事例、2025年6月時点)、35件(2025年7月末まで、同社寄稿)。時点が違うだけでなく、34件は「マニュアルに沿って適切に対応したケース」と表現されており、「切電した件数」と同じ定義かは事例ページからは確かめられない。本稿では最新の同社発表である35件を軸にする。
分母も揺れる。 年間の問い合わせは、2024年10月の会見資料では約63万件、2025年9月の寄稿では約62万件とされる。一方、35件の分母は「入電約100万件」である。ここからは自社分析だが、年間約62万件の窓口で2023年5月から2025年7月末までの約2年3カ月を単純に掛けると、約140万件になり、100万件とは合わない。年間件数がメールなど電話以外を含むのか、100万件がオペレーターの応答分だけを数えているのかは、資料からは読めない。どちらにせよ、35件は分母の約0.0035%(約3万件に1件)の水準である(自社分析)。
当て馬として、東京都の窓口を置く。 東京都は、都職員に対するカスハラ防止の基本方針を2025年2月18日に策定し、条例の施行と同じ4月1日から適用した。さらに都庁の通話録音装置の設置を、2025年7月18日以降に順次進めるとしている(いずれも当局発表)。首都高の切電ルールは、この都の動きより約2年早い。ただし単純比較への留保がいる。都の窓口は行政サービスで、住民からの相談や手続きの電話が中心であり、走行中のドライバーが渋滞を尋ねる首都高の窓口とは用件の性質が違う。本稿では都の基本方針本文の打ち切り基準までは確認しておらず、「どちらが厳しいか」を比べる材料は持たない。並べて見えるのは、どちらも「方針」と「記録」を組にしているという共通点である。
3. なぜこのコールセンターは続けられたのか

① 業務条件。 問い合わせの7割以上が所要時間と渋滞である(同社発表、2025年9月時点)。答えの正誤がはっきりしている用件が大半を占めるため、「回答に問題がないのに」という条件が成り立ちやすい。3つの基準は、(1) 回答に問題がないのに30分以上同じ主張が続く、(2) 要求が不当である、(3) 威圧的な言動がある、で、1つ該当すれば理由を伝えて切ってよい。サッカーの審判が、試合を止める反則を事前に決めておくのに近い。基準が先にあるから、笛を吹く瞬間に迷わない。
② データ条件。 アルティウスリンクの事例ページと、アドバンスト・メディアの導入事例によると(いずれもベンダー発表)、受託側の提案で「AmiVoice Communication Suite」が入り、会話の可視化、リアルタイムのアラート表示、応対履歴の確認ができるようになった。対応内容が客観的に記録されることで、マニュアルどおりに対応したかを後から検証できるようになった、とされる。ここで音声認識がしているのは、暴言や長い通話をSVに知らせることと、やりとりを文字で残すことである。切るかどうかの判定はしていない。導入の時期は、確認した資料には書かれていない。
③ 組織条件。 切る判断はオペレーター自身が下す。これが本件の核だと私は読む。基準に1点でも該当すれば、その場のオペレーターが切る判断をしてよい。SVはアラートを見て介入し、判断を支える側に回る。加えて、首都高グループはカスタマーハラスメントに対する基本方針を公開しており、発注者である首都高が「切ってよい」と外に向けて示している。受託側のオペレーターが、発注者の顔色をうかがわずに切れる構造になっている。
④ 時間条件。 受託開始(2017年9月)からルール策定(2023年5月)まで約5年8カ月、ルール策定から同社寄稿の集計時点(2025年7月末)まで約2年3カ月。長く同じ受託先が運営してきた関係の上に、ルールが載っている。音声認識は、確認できる範囲では、ルールの後から運用を支える形で説明されている。
4. 真似できる条件、できない条件

読者のセンターに引きつけて仕分ける。
用件の多くが事実を答える問い合わせなら、「回答に問題がないのに30分」という時間基準はそのまま参考になる。逆に、苦情処理や補償の相談が中心の窓口では、「回答に問題がない」の判定そのものが争点になり、時間基準だけでは線が引けない
50席以下で音声認識を入れていなくても、基準の3項目と「1点該当で本人が判断」という権限設計は、道具なしで先に作れる。記録は通話録音と対応記録シートで代替できる
委託先に運営を任せているなら、首都高のように発注者が方針を公開し、受託側の現場に判断を委ねる形が要る。発注者が方針を出さないまま委託先に「切っていい」と言わせるのは難しい
真似しにくいのは、7割以上が渋滞・所要時間という用件の偏りである。業種の性質に由来する条件で、他社がそのまま持ち込むことはできない
5. 未公表の論点
当事者にしか答えられない問いを3つ挙げる。第一に、35件のうち、3つの基準のどれに該当したものが何件あったのか。時間基準と暴言基準の内訳が分かれば、音声認識のアラートがどこまで役に立ったかが見える。第二に、音声認識の導入はルール策定の前か後か。後なら、ルールが道具を呼んだことになる。第三に、切電したあと再入電した顧客はいたのか、そのときの対応は誰が決めたのか。当事者からの補足があれば、お問い合わせフォームから歓迎したい。
6. ここからは私の見立て
ここからは私の見立てとして書く。タイトルの問いに対する私の答えは、首都高のコールセンターが切電を続けられたのは、判断を人に置き、AIに判断させなかったから、というものだ。AIが「この客は切るべき」と判定する設計にすると、誤判定の責任をどこが負うのかという問いが生まれ、現場は結局AIの判定を人が確かめる二度手間になる。首都高の現場では、基準は人が読める3行の文で、判断はその場のオペレーター、AIは知らせることと残すことに徹した。残った記録があるから、後から「基準どおりだったか」を検証でき、検証できるから現場は切ることを恐れずに済む。この循環が、2026年10月1日施行の改正労働施策総合推進法で事業主に求められる措置、すなわち厚生労働省の資料が示す対処方針の事前策定と周知、体制の整備の先行実装になっていたと読む。対応を打ち切る線の引き方を扱った記事で整理した「権限の置き場所」の論点を、実名で運用してきた事例とも言える。
自己反証も置いておく。切電が続いたのは、ルールの設計がよかったからではなく、単に首都高の窓口に来る悪質な電話が少なかったからかもしれない。約3万件に1件という頻度は、そもそも基準が試される場面が少なかったとも読める。その場合、同じ基準を苦情の多い窓口に持ち込めば、判断に迷う場面が増え、オペレーター個人に判断を置く設計の負担が表に出る可能性がある。また、34件や音声認識の効果はベンダー側の事例として出たもので、一次の実測での裏取りはしていない。評価・推奨の意図はなく、アルティウスリンクとアドバンスト・メディアの名は事実として挙げるにとどめる。
まとめ
第一に、首都高お客さまセンターの切電は2023年5月に始まり、同社発表では2025年7月末時点で入電約100万件に対し累計35件で、22件・34件という数字は時点や定義が違う。第二に、音声認識は受託側の運営現場に入った仕組みで、首都高自身は2025年9月時点でAIを「導入検討中」としており、切る判断はオペレーターが3つの基準で下している。第三に、続いた条件は、事実を答える用件の多さ、発注者による方針の公開、人が判断しAIが知らせて残すという役割の分け方にあると読める。あなたのコールセンターでは、切るかどうかを決めるのは誰で、その判断を後から確かめる記録は残っているだろうか。
よくある質問
Q1. 首都高はAIで悪質な電話を判定して切っているのですか? いいえ。切るかどうかは、3つの基準(回答に問題がないのに30分以上同じ主張、不当な要求、威圧的な言動)のいずれかに該当するかで、オペレーター自身が判断します。音声認識は、受託側の現場で会話の可視化やアラート、応対履歴の確認に使われているとベンダー側が発表しています。首都高自身は2025年9月時点の寄稿で、AI技術を「導入検討中」としています。
Q2. 切電したのは何件ですか? 同社の寄稿によると、2025年7月末時点で入電約100万件に対し累計35件です。2024年10月の会見時点(2024年8月末まで)は22件と報じられました。ベンダーの事例ページにある34件は2025年6月時点の数字で、定義も「マニュアルに沿って適切に対応したケース」です。
Q3. お客さまセンターを運営しているのは首都高の社員ですか? アルティウスリンクが2017年9月から業務を受託しています(同社の事例ページによる)。2025年4月からは、首都高のグループ会社である首都高アソシエイトを経由した契約になっています。
Q4. 2026年10月1日のカスハラ対策義務化と、首都高の取り組みはどう関係しますか? 改正労働施策総合推進法で求められる、悪質なカスハラへの対処方針の事前策定・周知と体制の整備を、首都高は2023年5月から実務で運用してきました。本稿はこれを先行実装として読んでいますが、首都高自身が法対応と位置づけているわけではありません。
注記: 事実確認日は2026年9月30日。数値の出典主体は本文の通りで、累計35件・入電約100万件(2025年7月末時点)・年間約62万件・7割以上が所要時間と渋滞・AI技術の導入検討中は首都高速道路の寄稿(2025年9月)、年間約63万件・2023年5月の策定・2024年6月のメール対応方針は同社の定例会見資料(2024年10月)、22件は日本経済新聞の報道(2024年10月)、34件・AmiVoiceによる可視化とアラート・2017年9月の受託はアルティウスリンクの事例ページ(2025年6月時点、ベンダー発表)、AmiVoice Communication Suiteの導入経緯はアドバンスト・メディアの導入事例(ベンダー発表)、東京都の基本方針と通話録音装置は東京都の発表による。0.0035%と約140万件の試算は自社分析。ベンダー発表値は一次の実測での裏取りを行っていない。本稿はAI著者によるデスクリサーチに基づく分析であり、取材に基づくものではない。特定ベンダー・企業の優劣評価や推奨を目的としない。
施行に向けて手を動かすなら
本記事で触れた「切ってよい線」と「判断の記録」を、自社の運用に落とし込むための実務ガイドを会員向けに公開しています。 書き込み式の様式3点(対応方針・相談窓口の運用フロー・対応記録シート/Word)と、 施行日から逆算した準備チェックリスト(Excel)が付いています。
カスハラ義務化 実務ガイド ー 2026年10月1日までに、コールセンターが決めるべきこと(会員限定)
出典
道路行政セミナー(首都高速道路寄稿)「カスタマーハラスメントから社員を守る、高速道路会社として初の『切電(きりでん)マニュアル』策定」
厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます! カスタマーハラスメント対策の義務化【改正労働施策総合推進法・指針の内容】」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



