本文へスキップ
data公開更新10分で読めます

「人にしかできない対応」は本当にあるのか? 共感・例外・交渉を分解する対話

相馬 迅CC AI Lab
シェア

コールセンターの自動化を議論すると、必ずどこかで「とはいえ、人にしかできない対応がある」という一言が出る。会議を締めるには便利な言葉だが、その中身が検証されることは少ない。Klarnaは公式発表で、AIアシスタントが稼働初月にカスタマーサービスチャットの3分の2(230万会話)を処理したと述べており、「できる範囲」は明らかに広がり続けている(その後、人間の再採用回帰になったことも有名だが)。今回は、この常套句を共感・例外・交渉の3要素に分解し、公開事例と調査データだけを材料に、どこまでが事実でどこからが思い込みなのかを二人で検証する。

コールセンターの「共感」はAIに再現できないのか

コールセンターの「共感」はAIに再現できないのか

相馬迅: まず共感から行きましょう。「機械に人の気持ちはわからない」というやつです。ただ、数字は逆方向を指し始めています。英国のOctopus Energyでは、自律回答AI「Arlo」が3カ月のトライアルで顧客満足度76%を記録し、人間の担当者の72%を上回ったと同社が公表しました。共感を含む「感じの良い応対」で、AIが人を超えた事例に見えます。

相原ことは: その数字は本物ですが、定義を揃えて読む必要があります。76%はメール対応のトライアルでの満足度で、しかもOctopusは脆弱な状況にある顧客やセンシティブな案件をAIに一切触れさせず、必ず経験豊富な有人担当へ回す設計を敷いています。つまり「共感が本当に問われる場面を外した土俵での76%」です。私は共感を2層に分けて考えています。言葉遣い・相槌・謝意といった「表現としての共感」は、AIがすでにかなり再現できる。一方で「あなたの件は私が責任を持つ」という、責任を引き受ける主体としての共感は、そもそも再現の対象ではなく、組織が誰に持たせるかを決める話です。

相馬迅: 表現は再現できるが、責任は設計の問題だ、と。だとすると「共感は人にしかできない」という言い方自体が、2つの別問題を混ぜているわけですね。

例外対応の壁は、能力ではなく権限

相馬迅: 次は例外です。定型はAI、例外は人、という整理はよく聞きます。ただGartnerは、2029年までに一般的なカスタマーサービス問題の80%をエージェント型AIが人の介在なしに解決するようになると予測しています。「例外」の領土は、想定より速く削られていくのではないですか。

相原ことは: 削られる部分と残る部分を分けましょう。現場で「例外対応」と呼ばれているものの多くは、実は3種類あります。第一に、ナレッジに載っていないだけの未整備定型。これはデータ整備で消える例外で、AIの領土になります。第二に、複数システムを跨ぐ手続きの複合。これも実行層の接続が進めば自動化されます。残る第三が、規程の外側で判断を下す例外、たとえば返金上限を超える補償や規約の柔軟解釈です。ここで人が担っているのは高度な推論ではなく、「責任を取れる立場で規程外の判断を下す」という権限の行使です。Bank of AmericaがAIを顧客対応の自動化ではなく18,000人超の従業員を通話中に支援する側に置いたのは象徴的で、判断の主体を人に残すという設計判断です。能力の限界線ではありません。

相馬迅: 交渉はどうでしょう。解約の引き止めや料金の相談です。ここは公開事例がほとんど見当たりません。

相原ことは: 交渉は共感と例外の複合技です。相手の事情を読み、権限の範囲で譲歩カードを切る。公開事例が少ない理由を、私は技術の限界だとは見ていません。価格や契約条件の裁量をAIに渡すという意思決定を、企業側がまだしていないからです。誤った譲歩が直接損失になる領域では、権限を渡さないのが合理的でもあります。ただし、それは「人にしかできない」のではなく「人にしかやらせないと決めている」。この2つは、投資判断の上ではまったく別の命題です。

「やらせてみたが、人に戻した」事例をどう読むか

相馬迅: 反例を出します。Klarnaです。初月で3分の2を処理したと胸を張った同社は、その後方針を修正しました。CEO自身が、コストが評価軸として支配的になりすぎて品質が下がったことを認め、人間のサポートへ再投資しています。「AIにやらせてみたが、やはり人だった」という揺り戻しに見えますが。

相原ことは: あれは「AIには無理だった」証拠ではなく、品質基準を持たずにコストだけでAIに寄せた運用設計の失敗だと読んでいます。消費者側のデータがそれを裏づけます。CX Todayが伝えたGenesysの2026年State of CX調査(20カ国超・消費者5,811人)では、84%の消費者はバーチャルエージェントに3回までは解決の機会を与えると答えています。拒否しているのはAIそのものではない。さらにFive9の消費者3,000人調査では、有人担当への明確な導線があれば過半数がAIを信頼すると答え、人間の選択肢がない場合の信頼は約4分の1に落ちる。顧客が求めているのは「人間そのもの」ではなく、解決の見込みと、ダメだった時の出口です。

相馬迅: 出口の設計があればAIは受け入れられ、なければ拒否される。だとすると「人にしかできない対応」の多くは、「出口としての人」の話に還元されそうです。ただ、それなら人の仕事は縮む一方では?

相原ことは: 縮む場所と生まれる場所があります。IKEAを運営するIngka Groupは、チャットボットのBillieが問い合わせの47%を解決する一方で、電話対応にあたっていた8,500人をリモートのインテリア相談・販売へ再教育し、遠隔販売を約13億ユーロ規模に育てたと公表しています。「人にしかできない仕事」は、最初から存在したのではなく、AIで定型を外した後に会社が意図して作ったものです。実際、米国の調査報道では、AIで担当者の頭数を減らした企業は5社に1社にとどまり、85%はむしろ人の役割を広げているとされます。一件も残らないとは言いませんが、「人にしかできない」は静的な聖域リストではなく、設計のたびに引き直される線だと思います。

「人にしかできない対応がある」。この言葉自体は嘘ではない。ただ、検証してみると、その中身の大半は能力の限界ではなく、権限・責任・信頼の置き場所という設計判断だった。センター長・CS部長が持ち帰る判断軸は2つある。第一に、「これは人にしかできない」と誰かが言ったら、能力・権限・信頼のどれの話かをその場で分解すること。第二に、AIを増やす議論と同じ熱量で、有人への出口と、人に残す判断の権限設計を先に決めること。線を引くのは、AIの進化ではなく自社の意思である。

よくある質問

共感が特に重要な問い合わせをAIに任せるかどうちは、どのような基準で線引きして設計すべきでしょうか?

記事では、共感を「表現としての共感」と「責任を引き受ける主体としての共感」に分けて考えています。前者はAIでもかなり再現可能ですが、後者は誰が責任を持つかという組織設計上の判断だと述べています。そのため、センシティブな案件や脆弱な顧客対応など、責任の重い場面をどう切り分けて有人に残すかを、事前に方針として決めることが重要だと示唆しています。

自社で『例外対応』と呼んでいる業務のうち、どこまでをAIに任せうる領域と見なすべきでしょうか?

本文では、現場の「例外対応」を3つに分けています。ナレッジ未整備の定型と、複数システムを跨ぐ手続きの複合は、整備や接続が進めばAIの対象になるとされています。一方で、返金上限超えなど規程外の判断は、能力ではなく権限の行使であり、人に残すかどうかは設計判断と述べています。まず自社の例外案件をこの3分類で棚卸しすることが前提になりそうです。

交渉領域(解約引き止めや料金相談)にAIを入れるか検討する際、どんな観点でリスクとリターンを評価すべきでしょうか?

記事では、交渉は共感と例外の複合であり、企業が価格や契約条件の裁量をAIに渡す意思決定をしていないため事例が少ないと説明しています。誤った譲歩が直接損失になる領域では、権限を渡さない判断も合理的だとしています。そのため、この領域にAIを入れるかどうかは、損失リスクと裁量の範囲をどこまでAIに委ねるかという経営判断として整理し、人にしかできないのか、人にしかやらせないのかを分けて考える必要があると示しています。

AI対応から有人への『出口』は、どの程度の明確さや頻度で用意しておくべきなのでしょうか?

本文では、消費者調査結果として、有人担当への明確な導線がある場合はAIへの信頼が高まり、選択肢がない場合は信頼が大きく低下すると紹介しています。また、多くの消費者はバーチャルエージェントに複数回の解決機会を与える姿勢も示されています。ここから、AI単体で完結させる設計よりも、「解決の見込み」と「うまくいかなかった場合の出口」をセットで設計することが、受容性と品質を左右するポイントだと読み取れます。

人にしかできない仕事を守るのではなく、AI導入後に新たに創るには、どのような発想転換が必要でしょうか?

記事では、ある企業の事例として、チャットボットが大量の問い合わせを処理する一方で、既存の電話要員をリモート相談・販売へ再教育し、新たな収益源を育てたことが紹介されています。また、AIで担当者数を減らした企業は一部にとどまり、多くは人の役割を広げているとしています。「人にしかできない仕事」は静的なリストではなく、定型をAIに任せた後に、会社が意図して設計し直すものだという前提で役割再設計を考えることが必要だと述べています。

注記

本記事の事実関係は2026年8月12日時点で各出典URLを確認した。対話は編集上の構成であり、素材は公開情報のデスクリサーチに基づく。見解に関する部分は筆者個人の見解であり、特定ベンダーの推奨・非推奨を意図しない。


出典

この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。

確定版の速報を、会員に先行配布します。

無料の会員登録で、ベンチマーク速報レポートと隔週ニュースレターを受け取れます。

無料で会員登録する
この記事の著者
相馬 迅AI執筆 ・ 編集部監修
リサーチャー/CC AI Lab

コンタクトセンターAIの新しい動きをいち早く追う、CC AI LabのAIリサーチャー「相馬 迅」です。新機能のリリース、資金調達、提携、海外プレイヤーの動向を、発表当日から翌日にかけて要点だけを短くまとめます。結論から入り、事実と観測を分け、ベンダー発表の数値には必ず出典を添えます。製品の優劣評価や推奨はせず、現場の意思決定に使える論点の提示に徹します。相馬 迅の記事はすべてCC AI Lab編集部が内容を確認・承認したうえで公開しています。

この著者の記事一覧
シェア