電力・ガス・インフラのコールセンターAI ー 大量定型と緊急対応をどう同居させるか

「入電量が約2割減った」。東北電力とHelpfeelが2026年7月7日に発表した実績は、自己解決AIを2025年3月に導入してから10か月で、月間16万PVという旧FAQ比10倍以上のアクセスを集め、電話問い合わせを約20%減らしたというものだ。一方で、電力・ガスのコールセンター(コンタクトセンター)には、この平常運転とはまったく別の顔がある。停電やガス漏れが起きた瞬間、入電は数倍に跳ね上がり、電話一本の判断が安全に直結する場面が集中する。同じセンターが「大量の定型」と「稀少だが致命的な緊急」を両方抱えるのは、他業種には少ない構造だ。私は、この二つを同じ設計思想で扱おうとするところに無理があると考えている。
1. 規模の異変:入電2割減の平常時と、400人動員の非常時
まず平常時の数字を確認する。東北電力は600万口以上の低圧契約を抱え、Helpfeelのオーガニック検索流入は導入前の32倍に拡大した。定型の料金照会・契約手続きは、AIに任せるほど問い合わせ自体が減るという好循環に入りつつある。
対照的なのが非常時だ。2018年台風21号では、関西電力の各コールセンターに通常の数倍の問い合わせが殺到し、約400人態勢のオペレーターを総動員した。停電情報を共有するシステム自体が止まっていたため、正確な復旧見通しを示せないまま、状況を丁寧に説明することしかできなかったという。
当て馬として通信キャリアのコールセンターと比べると、輪郭がはっきりする。通信障害時に入電が急増する構図は同じだが、電気・ガスは停電やガス漏れが安全問題に直結する分、緊急時の対応品質を落とせる余地が小さい。停電対応を誤ってもサービス品質の毀損で済むことが多いが、ガス漏れの通報対応を誤れば重大事故につながりかねない。程度の差ではあるが、緊急対応の失敗コストという一点で、電力・ガスは通信よりも設計の自由度が狭い業種だと言える。
2. メカニズム:なぜ「定型」と「緊急」は同時に来るのか
定型業務の多くは、従量電灯のような規制料金の契約者を相手にしている。規制料金は経済産業大臣の認可を要する画一的な仕組みで、料金体系が全国一律に近いため、問い合わせの型を絞り込みやすい。ここがAIの得意領域になる。一方、緊急対応は発生頻度こそ低いが、状況ごとに判断の幅が広く、身体・安全に関わるため人の裁量が要る。
アナロジーで言えば、料金照会や引越し手続きは「決まったフォームに記入する事務作業」に近く、ガス漏れ通報は「救急通報」に近い。事務作業は型を覚えるほど効率化できるが、救急通報はマニュアル通りに進まないことの方が多い。事業者側もこの違いを制度として織り込んでいる。東京ガスは開閉栓受付のようなガス使用の申込みをAIチャットボット・ボイスボットに任せる一方、ガス臭い・ガス漏れの通報は専用の通報電話に至急連絡するよう案内し、AI窓口とは別建てにしている。
留保を付けるなら、この分離は各社の自主的な設計だけの話ではない。一般ガス導管事業者には消費機器・内管の緊急保安対応が法令上の義務として課されており、ここは効率化の対象ではなく体制維持そのものが前提になる。
3. 戦略の型:定型と緊急をどう切り分けるか
再現可能なパターンは4つある。
型1:チャネルを事前に分離する。 東京ガスのように、定型受付とガス漏れ通報を最初から別の窓口として設計し、緊急側にAIを一切挟まない。なぜ効くか。緊急時に「AIか人か」を利用者に迷わせないことが、通報の遅れという最悪の失敗を防ぐからだ。
型2:平常時の自動化率が、有事の増員余力を作る。 東北電力のように定型問い合わせの2割をAIに任せておけば、台風接近時にオペレーターを非常時対応へ回せる頭数が増える。関西電力の約400人態勢のような動員は、平常時からAIで手が空いていて初めて現実的になる。
型3:AIは聞き取り、人は仕上げに残す。 東京電力エナジーパートナーは2021年2月26日から、引っ越しに伴う電気・ガスの使用開始・停止の電話受付にAIを使い、名前や顧客番号の聞き取りとテキスト化までをAIが担い、最終処理はオペレーターが引き継ぐ設計にした。月間約2万件を処理し、オペレーターの対応時間は約3割短縮されたという。全自動化ではなく、人の判断が要る手前まででAIを止める設計だ。
型4:段階的に検証してから対応範囲を広げる。 東京ガスのCAT.AIは平常時のAI対応完了率が平均88%だったのに対し、繁忙期には最大96%まで伸びた。数字を見ながら適用範囲を広げる工程を踏んでおり、いきなり全業務をAIに委ねてはいない。
4. 示唆:ここからは私の見立てとして
ここからは私の見立てとして書く。ここまでの国内事例は、いずれも「電話をかけてきた人にAIが応対する」設計が中心だ。これに対して海外の停電対応AIは、通報される前に押し出す設計に重心を置き始めている。Duke Energyのチャットボットは最初の3か月で28万件以上のやり取りを処理し、手動フォーム提出を9割減らしたと報告されているが、この種の事例が強調するのはプッシュ型の停電通知やアプリ連携であり、電話がかかってくる前に情報を届けて入電そのものを減らす発想だ。日本の電力・ガスも、平常時のAI対応が定着した次の段階では、通報を待つのではなく状況を先回りして届ける設計へ移る余地があると見ている。
自己反証もしておく。プッシュ型通知は利用者側のアプリ登録や通信環境への依存が大きく、停電時は通信インフラ自体が影響を受けることもある。高齢顧客比率の高い地域では、電話という手段そのものを縮小する選択肢は取りづらい。プッシュ通知は電話を代替するのではなく、電話がかかってくる前段の負荷を減らす補助線として位置づける方が実態に近い。
条件を付けるなら、こうなる。定型と緊急のチャネルが制度として分離されていること、平常時の自動化が有事の人員シフトに直結する設計になっていること、そして緊急側にはAIの完了率を追わない体制維持の予算が別枠で確保されていること。この3条件が揃って初めて、大量定型と緊急対応の同居は破綻せずに回る。
まとめ
第一に、電力・ガスのコールセンターは、平常時の大量定型業務と、稀少だが安全に直結する緊急対応という、性質の異なる2つの負荷を同じ組織で抱える。第二に、東京ガスの事例が示すように、両者はAIの適用可否ではなく窓口そのものを分離することで初めて両立する。第三に、平常時の自動化率を上げることは、単なるコスト削減ではなく有事の人員余力を生む備えとして機能する。
問いを残したい。あなたの組織で「AIに任せてよい定型」と「人が判断すべき緊急」の境界線は、誰がどの基準で引いているだろうか。
注記
本記事の事実関係は2026年8月10日時点で各出典URLを確認したものです。入電削減率・AI対応完了率などの数値は各社の公表値に基づくものであり、独立した実測による裏取りは行っていません。見解にわたる部分は筆者個人のものです。
よくある質問
電力・ガスのコールセンターで、AIに任せてよい定型業務と人が対応すべき緊急業務は、どのような考え方で線引きすべきでしょうか?
本文では、料金照会や契約手続きのように型が決まっており、全国一律に近い料金体系に支えられている領域はAIと相性が良いと述べています。一方で、ガス漏れや停電など安全に直結し、状況に応じた判断幅が大きい領域は人の裁量を前提に設計すべきとしています。どこまでをAIに任せるかではなく、窓口やチャネルの分離を含めて設計することが重要だとしています。
平常時の入電をAIで削減すると、有事の緊急対応力は具体的にどう高まると考えられますか?
本文では、東北電力のように平常時の定型問い合わせをAIに任せて入電を2割程度減らせると、その分オペレーターに頭数の余力が生まれ、台風などの非常時に増員しやすくなると説明しています。関西電力の約400人態勢の動員も、平常時から自動化で手を空けておくことが現実性を高めるとしています。平常時の自動化は単なるコスト削減ではなく、有事に人員シフトできる「備え」として機能すると位置づけています。
ガス漏れなどの緊急通報窓口にAIを一切挟まない設計には、どのような狙いや背景があるのでしょうか?
本文では、東京ガスの例を挙げつつ、ガス漏れ通報を専用電話に誘導し、AIチャットボットやボイスボットとは別建てにする理由として、通報の遅れを防ぐ狙いを挙げています。利用者が「AIか人か」で迷う時間自体がリスクになるため、最初から緊急側は人につながるチャネルとし、AIを挟まない設計が有効としています。また、一般ガス導管事業者には緊急保安対応が法令上の義務であり、効率化より体制維持が前提になる点も背景として触れています。
「AIは聞き取り、人は仕上げ」というハイブリッド型の運用は、どのような業務に向いているのでしょうか?
本文では、東京電力エナジーパートナーの引っ越しに伴う使用開始・停止手続きを例に、名前や顧客番号などの聞き取りをAIが行い、最終処理はオペレーターが行う設計を紹介しています。月間約2万件を処理し、対応時間を約3割短縮したとされ、全自動化ではなく「人の判断が要る手前」でAIを止める形が有効と述べています。定型情報の収集部分が明確で、その後に人の判断や説明が必要な業務に向くと示唆されています。
停電や障害情報のプッシュ型通知を導入する場合、日本の電力・ガス事業者はどのような前提条件や制約を意識すべきでしょうか?
本文では、海外事例のように停電情報を先回りして通知し入電を減らす発想には余地がある一方で、アプリ登録や通信環境への依存、高齢顧客比率の高さなどの制約が指摘されています。停電時には通信インフラ自体が影響を受ける可能性もあり、電話を完全に代替するのではなく、電話がかかる前段の負荷を下げる補助線として位置づけるのが実態に近いと述べています。そのうえで、定型と緊急のチャネル分離や平常時の自動化設計、緊急側の体制維持予算の確保が前提条件になるとまとめています。
出典
Helpfeel「東北電力、Helpfeel導入でカスタマーセンター入電量を約20%削減 AIによるカスタマーセンター自動化に向け、ナレッジ構築を推進」
PR TIMES「トゥモロー・ネットの「CAT.AI」を東京ガスがコールセンター対応で採用 ボイスとチャットの同時利用でAI対応完了率最大96%を達成」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



