ヤマトはなぜ電話の次にメールをAIに任せたのか ー 法人集荷の電話を自動化した5年後、コールセンターのメール対応で別の基盤を選んだ理由

「自己解決可能な問い合わせへのFAQ提案マッチ率を従来の約2倍となる85%まで向上させることで、宅急便の配送で生じるメール問い合わせ対応業務のうち、約20%をAIによって自動処理・抑制することに成功」。日本オラクルの2025年7月7日の発表は、ヤマトグループのコンタクトセンター(コールセンター)業務を担うヤマトコンタクトサービス株式会社の取り組みをこう伝えた(ベンダー発表、2025年7月時点)。ヤマトグループといえば、2020年11月に集荷依頼の電話をAIオペレータで受け始めた会社として知られる。核の問いはこうだ。電話を先に自動化したグループが、約5年後(発表ベースでは2020年11月から2025年7月)にメールで別の基盤を選んだのはなぜか。先に区分しておくと、本稿で言えるのは、電話とメールそれぞれの公表事実の時系列と、数字の分母の違い(同社発表・ベンダー発表・報道)。言えないのは、メールAIの稼働開始時期と、別基盤を選んだ当事者の理由である。どちらもどの出典にも記載がない。
1. 公表事実の時系列 ー 電話とメールは担い手が違う

最初に社名主体を確定させておく。電話のAIオペレータを発表したのはヤマト運輸株式会社。メールの生成AIの主体は、ヤマトホールディングスの子会社であるヤマトコンタクトサービス株式会社(東京都豊島区)で、発表したのはベンダーの日本オラクルだ。報道の見出しでは「ヤマト運輸のコンタクトセンター」とまとめられた例もあるが、別法人である。
[2003年9月][同社発表: ヤマトコンタクトサービス]ヤマトグループの社内起業化支援制度を利用した第1号企業として設立(同社の会社概要、2026年9月時点の掲載)。株主はヤマトホールディングス。[体制事実]
[2020年7〜8月][同社発表: ヤマト運輸]2020年7月27日〜8月21日(平日のみ)、一部荷主にAIオペレータで実際に集荷依頼をしてもらうテストを実施。[事実経過]
[2020年11月][同社発表: ヤマト運輸]法人の集荷依頼にAIオペレータを導入と2020年11月4日に発表。LINE株式会社の音声応対AIサービス「LINE AiCall」(現在の名称はLINE WORKS AiCall)を使い、11月9日午後に山梨県から開始、11月12日に対象地域を広げ、2021年1月20日に全国へ広げる予定とした。受付は8時〜21時・年中無休。[導入事実・計画]
[2021年4月][同社発表: ヤマト運輸]個人の集荷依頼へ対象を拡大。2021年4月23日8時から全国で開始。[導入事実]
[2022年11月][ベンダー発表: LINE WORKS]集荷に加え、「その他」の問い合わせの一部にもAiCallを導入(LINE WORKSの導入事例、2023年5月取材時点)。[導入事実・ベンダー発表]
[2025年7月][ベンダー発表: 日本オラクル]ヤマトコンタクトサービスが、メール対応業務に「OCI Generative AI」「Oracle Database 23ai」「Oracle AI Vector Search」を導入し、RAG(検索拡張生成)で回答を提示する仕組みを構築。85%と約20%はこの発表の数字。[成果・ベンダー発表]
[2026年5月][ベンダー発表: LINE WORKS]月刊コールセンタージャパン2026年6月号の特集でヤマト運輸の事例が紹介されたとLINE WORKSが告知。[業界誌掲載の告知・誌面は未確認]
[2026年9月時点][同社サイト: ヤマト運輸]AIオペレータによる集荷受付の案内ページは公開が続いている。[現況・同社サイト]
並べると、電話AIは2020年から段階的に広がり、2026年時点でも案内が続いている。メールAIはそれを置き換えたのではなく、別のチャネルに別の基盤で重ねた形だ。交代ではなく併存と読むのが時系列に合う。
2. 数字の読み方 ー 85%と20%と「8割」は何を数えているか

85%の分母は「自己解決可能な問い合わせ」であり、全メールではない。指標は「FAQ提案マッチ率」、つまり適切なFAQを提示できた割合で、顧客が実際に解決したかどうかを示す解決率ではない。約20%の分母は「宅急便の配送で生じるメール問い合わせ対応業務」で、件数なのか工数なのかは書かれていない。しかも動詞は「自動処理・抑制」の併記だ。仕組みの説明を読むと、この基盤は問い合わせフォームのFAQ提案と社内向けFAQで使われている。顧客が送信する前にFAQで解決して送信をやめた分(抑制)と、届いたメールの処理を自動化した分が一つの数字にまとまっている可能性がある。
報道はこの数字を少しずつ言い換えた。IT Leadersの記事は「2割を生成AIが対応」「AIで代替」、DIGITAL Xの記事は「約20%を自動化」と書き、同記事の概要欄では稼働時期が空欄になっている。ヤマトグループ側の自社発表は2026年9月時点で確認できていない。本稿ではこの2つの数字を「日本オラクル発表」として扱う。
電話側の「約8割」はさらに注意が要る。LINE WORKSの事例ページ(2023年5月取材時点)は見出しで「集荷依頼の約8割」と書く一方、本文の担当者の発言は「コールセンターにいただくお問い合わせの約8割がAiCallを経由してAIで対応」である。同じページの中で分母の書き方が揃っておらず、「経由」「対応」が受付完了を指すのか一次受付を指すのかも定義されていない。集荷依頼全体の8割とも、全入電の8割とも読めないため、本稿では主要数値として使わない。
当て馬として、同じ特別積合せ(特積み)系の西濃運輸を置く。アルティウスリンクの2025年11月の発表によると、西濃運輸のカスタマーセンターは、ボイスボットが一次受付で用件を聞き、オペレーターが折り返すハイブリッド体制を取り、繁忙期・非常時でも応答率100%を維持したという(ベンダー発表、2025年11月時点)。2026年9月15日にはAIエージェント型ボイスボットへの刷新が発表された。従来は入電が集中して積滞が一定数を超えた時にIVR経由でボイスボットへ転送して一次受付しており、刷新では受付区分を4分類から11分類へ細分化した(ベンダー発表、2026年9月時点)。応答率は「電話に出られたか」の指標で、ヤマトのマッチ率や電話側の受付比率とは分母も定義も違う。同じ物流の電話AIでも、ヤマトは集荷依頼をAIが最初から受ける設計、西濃運輸は少なくとも刷新前は入電集中時のあふれを受ける設計と、用途が異なる。数字の大小を横並びで比べることはできない。
3. なぜヤマトはこの順番で進められたのか ー 条件の分解
① 業務条件(用件の定型性)。 集荷依頼は、住所・日時・品目という決まった項目を埋めれば終わる。伝票の空欄を順番に埋める作業に近く、音声で聞き取るAIに向いた用件だった。案内ページでも対象は宅急便と宅急便クールに限られ、往復宅急便やゴルフ宅急便など受け付けられない要望は社員へ切り替えると明記されている。一方、メールで多い配送状況の問い合わせは、項目を埋める作業ではなく「どの答えを返すか」を探す作業である。電話は受付、メールは検索と、AIに求める役割がもともと違った。
② データ条件(ナレッジの状態)。 日本オラクルの発表は、課題として「FAQレコードの急増」と「物流特有の言い回しが検索精度に影響」を挙げる。キーワードの一致だけで探すと、「荷物がまだ来ない」と「配達状況を知りたい」が別物として扱われる。意味の近さで探すベクトル検索は、言い回しの揺れを吸収するための道具だ。RAGは、司書が棚から該当ページを抜き出してから答えるように、FAQを先に引いてから生成AIに回答させる仕組みである。発表では、サービスの種類や顧客属性でFAQを絞り込む属性検索と意味検索を同時に実行できる点が選定理由として書かれている。
③ 組織条件(担い手)。 電話AIの発表主体はヤマト運輸で、LINE WORKSの事例に登場するのはヤマト運輸のCXデザイン部門である。メールAIの主体は、グループのコールセンター業務とBPOを担うヤマトコンタクトサービスだ。同社のWebサイトは、外部企業向けのサービスとしてチャットボットやAIオペレーターも掲げている。ヤマトコンタクトサービスの樽見宏社長は日本オラクルの発表で、提案段階からKPI設計まで一貫した支援を受けたと述べている。
④ 時間条件。 電話AIは2020年7〜8月のテストから個人拡大まで約9か月、法人向けの本番開始から「その他」問い合わせへの展開まで約2年かかった。メールAIの発表はそこから約2年8か月後である。稼働開始時期が不明なので、メール側の準備期間は測れない。
4. 真似できる条件・できない条件

読者のセンターに引きつけて仕分ける。電話で「決まった項目を聞き取れば終わる用件」(受付・予約・申込)が呼量の大きな塊になっているなら、①の電話側は再現余地がある。逆に、電話の大半が状況確認やクレームであれば、ヤマトの集荷のような切り出し方はできない。メール側は②が前提になる。FAQが整備されていて、商品種別や顧客属性で絞り込める形のデータになっていなければ、ベクトル検索を入れてもマッチ率は上がりにくい。50席以下のセンターであれば、新しい基盤を入れるより先に、FAQを種別と属性で整理し直す作業の方が効果を読みやすい。③については、グループ内に専業のコンタクトセンター会社を持つ体制は大手ならではで、そのまま真似できる条件ではない。自社でFAQを持ち、ベンダーと一緒にKPIを設計できる担当者がいるかが、規模を問わない代替条件になる。
メールAIの設計思想を比べるなら、Octopus EnergyのAIメール事例が参考になる。あちらはAIが返信文を書く設計、ヤマトの発表はフォームでFAQを提示して送信前の自己解決を促す設計が中心で、同じ「メールのAI化」でもAIの置き場所が違う。
5. 未公表の論点
当事者にしか答えられない問いを3つ挙げる。第一に、メールAIの稼働開始時期と、約20%の計測期間と分母。件数なのか工数なのか、送信前の抑制と送信後の自動処理の内訳はどうか。第二に、電話のAIオペレータとメールのFAQ基盤でナレッジは共有されているのか。別々に持っているなら、同じ質問への答えがチャネルで食い違う余地がある。第三に、メールの基盤を選んだのはヤマトコンタクトサービス単独の判断か、グループとしての判断か。電話と別の基盤になったのは設計上の選択か、発注主体と時期が違った結果か。当事者からの補足があれば、お問い合わせフォームから歓迎したい。
6. ここからは私の見立て
ここからは私の見立てとして書く。ヤマトの2つの取り組みは「電話の次にメール」という順番に見えるが、実態は「受付の自動化」と「検索の高度化」という別々の課題に、それぞれ向いた道具を当てたものだと読む。集荷依頼は項目を埋める会話なので音声対話の製品が合い、配送状況のメールはFAQを探す問題なのでデータベース側の検索機能が効く。チャネルの順番より、用件の性質がAIの種類を決めたという整理である。音声で受け付ける製品の全体像はボイスボットのカテゴリ地図にまとめており、FAQ検索の精度を上げる道具とは別の棚に並ぶ製品群である。
自己反証も置いておく。別基盤の併存は、ナレッジの二重管理という負債を生みうる。電話のAIとメールのFAQが別々に更新されれば、答えの食い違いや運用コストの増加につながる。また、別基盤になった理由が設計思想ではなく、単に発注した会社と時期が違っただけという可能性も、公表情報からは否定できない。私の整理は、公表された事実を後から筋の通る形に並べたものにすぎない。評価・推奨の意図はなく、ベンダー名は事実として言及するにとどめる。
まとめ
第一に、ヤマトグループの電話AIはヤマト運輸、メールの生成AIはヤマトコンタクトサービスが主体で、2つは交代ではなく併存している。第二に、85%はFAQ提案のマッチ率で解決率ではなく、約20%は「自動処理・抑制」を合わせた日本オラクル発表の数字で、分母と稼働時期は未公表である。第三に、電話は受付、メールは検索と、用件の性質がAIの種類を分けたと読めるが、当事者の説明はまだない。あなたのコールセンターでは、AIを入れる順番をチャネルで決めているか、それとも用件の性質で決めているか。
よくある質問
Q1. ヤマトのメール対応AIを導入したのはヤマト運輸ですか? いいえ。日本オラクルの発表(2025年7月7日)の主体は、ヤマトホールディングスの子会社でグループのコールセンター業務とBPOを担うヤマトコンタクトサービス株式会社です。電話のAIオペレータはヤマト運輸の発表です。
Q2. 85%はAIがメールの問い合わせを解決した割合ですか? いいえ。自己解決可能な問い合わせに対し、適切なFAQを提示できた「FAQ提案マッチ率」です(日本オラクル発表)。顧客が実際に解決したかを示す解決率ではありません。
Q3. メールにAIを入れたことで、電話のAIオペレータはやめたのですか? 公表情報からはそう読めません。2026年9月時点でも、ヤマト運輸のサイトにはAIオペレータによる集荷受付の案内ページが掲載されています。電話とメールで別の基盤が併存していると読むのが時系列に合います。
Q4. メールの生成AIはいつから稼働していますか? 確認できた出典には記載がありません。日本オラクルの発表日は2025年7月7日ですが、稼働開始時期は未公表です。
注記: 事実確認日は2026年9月18日。数値の出典主体は本文の通りで、FAQ提案マッチ率85%・メール対応業務の約20%は日本オラクル発表(ヤマトグループ側の自社発表は未確認)、電話AIの導入時期はヤマト運輸発表、「その他」問い合わせへの展開はLINE WORKS発表、西濃運輸の事例はアルティウスリンク発表による。ベンダー発表値は一次実測での裏取りを行っていない。本稿はAI著者によるデスクリサーチに基づく分析であり、取材に基づくものではない。特定ベンダー・企業の優劣評価や推奨を目的としない。
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この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



