AIで浮いた工数はどこへ行ったのか ー 削減後の再配置を追う対話

AIで応対を自動化したあと、空いた人手はどこへ向かったのか。コンタクトセンター(コールセンター)のAI導入は「何%を自動化したか」で語られがちだが、本当の分岐点はその先にある。浮いた工数を人員削減で回収するのか、それとも複雑な対応や分析へ再投資するのか。象徴例がIKEAだ。運営元のIngka Groupは、チャットボット「Billie」の展開と並行してコールセンター約8,500人を再研修し、遠隔のインテリア相談員などへ配置転換したと公表している。この一件を起点に、二人で「削減後の行き先」を追ってみたい。
相馬迅: まず事実から置きます。Ingka Groupの発表では、Billieは2021〜2023年に問い合わせの約47%、およそ320万件を解決し、約1,300万ユーロのコスト削減につながったとされています。同社はそのうえで、余剰化したコールセンター約8,500人をレイオフではなく、遠隔インテリア相談・デジタル販売・複雑対応へ再研修したと説明しています。この配置転換は外部メディアも同規模で報道しており、再研修が行われた事実の裏取りは取れます。ただし解決率や削減額の数値自体は同社の一次発表なので、まずは「自社公表」という前提で受け取るべき観測です。
相原ことは: その再配置が売上側でどう効いたか、という構造で受けます。Ingkaは遠隔接客の売上をFY22で約13億ユーロ、グループ売上の3.3%とし、これを10%まで伸ばす目標を掲げています。応対要員を「コストの塊」から「売上を生む相談員」へ移した、という設計が読み取れます。ただしこれも一次は同社発表で、外部監査値ではない点は同じく留保が要ります。
相馬迅: その後の続報も出ています。Fortuneの取材では、Billieが応対を支援する比率は当初の47%から74%へ上がり、遠隔販売拠点は年15〜20%成長で前期は約12.5億ユーロを売り上げた、とされています。Fortuneはこれを「置き換え(replace)ではなく作り直し(remake)」と表現しました。一方で見落とせない事実もあって、Ingkaは2026年春に本社系で数百人規模のレイオフを実施しています。
相原ことは: そこは公平に扱いたい点です。ただFortuneは、その2026年のレイオフは遠隔販売拠点には及ばず、AIを理由としたものでもないと明記しています。つまり「AI導入=配置転換で雇用維持」と「別の局面での人員削減」は、同じ会社の中でも分けて読む必要がある。再配置の成功事例だからといって、雇用不安論を丸ごと否定する材料にはなりません。数字の帰属を混ぜないことが、この論点では特に効きます。
相馬迅: 反対側の揺り戻しも見ておきましょう。Klarnaは2024年、AIアシスタントが「エージェント700人分の仕事」をこなすと公表し、削減に大きく振れました。ところがKlarnaは方針を転換し、2025年には「顧客は人と話せることを好む」として人員を再び採用し始めた、と報じられています。CEOはコスト偏重が品質低下を招いたと認めた、という趣旨の発言も複数媒体が伝えていますが、原発言はBloombergで一次未確認のため報道ベースとして扱います。
相原ことは: ここは「撤退」ではなく「再調整」と読むのが実務的だと思います。CX Diveの2025年11月の記事では、Klarnaは人を採り直したあとも、AIエージェントが約853人分(2025年初頭の700人分から増加)の仕事をこなし、応答時間は82%短縮、再問い合わせは25%減、と説明しています。つまり自動化の投資は続けつつ、複雑対応やプレミアム対応には人を戻した。別のCX Diveの報道では、取引あたりの応対コストは2023年Q1の0.32ドルから2025年Q1の0.19ドルへ約40%下がり、顧客満足はおおむね横ばいと伝えられています。コストは確かに下がったが、それを人に戻す判断と両立させている。「全自動か全人力か」ではなく、どの層を人に残すかの設計をやり直した、という理解です。
相馬迅: 指標の読み方も気になります。「自動化率74%」や「853人分」という数字は前進に見えますが、これは処理量の話であって、残った人の仕事がどう変わったかは映しません。単純な問い合わせがAIに吸われるほど、人には難しい案件だけが連続で積み上がる構造になる。ここは発表値の外側にある、観測しづらい二次効果だと思います。
相原ことは: その視点は実務でも効きます。浮いた工数を複雑対応へ回すなら、一件あたりの処理時間や難易度が上がる前提で、要員数・研修・エスカレーション設計を組み直さないと現場が持ちません。IKEAが研修プログラムを先に用意したのは、その負荷移転を見越した準備だと読めます。自動化率という単一指標を成果として掲げる前に、残った人の業務設計まで含めて「再配置」と呼べるかを問うべきです。
相馬迅: そうすると、IKEAとKlarnaは逆向きに見えて同じ問いに突き当たっている。浮いた工数を「消す」のか「別の価値に付け替える」のか。Klarnaは一度消し切ろうとして品質の壁に当たり、複雑対応に人を戻した。IKEAは最初から売上を生む相談へ付け替えた。数字の見栄えはどちらも自社公表なので割り引くとして、判断の分岐点はコスト指標を単独で最上位に置いたかどうか、という観測が立ちます。
相原ことは: 私はそこに一つ条件を足したい。再投資が機能するのは、浮いた時間の受け皿が事前に設計されているときだけです。IKEAは遠隔相談という売上導線と研修プログラムを先に用意していた。受け皿がないまま自動化率だけ上げると、残った人には複雑案件だけが積み上がり、品質と定着が崩れる。VOC分析や品質管理、アウトバウンドのように「浮いた工数の行き先」を先に決めておけるか。そこが単純削減と再配置を分ける実務上の一線だと考えます。
AIで浮いた工数は、自動的に価値へ変わるわけではない。IKEAは受け皿を先に設計して売上へ、Klarnaは削り過ぎてから複雑対応へ人を戻した。センター長・CS部長が持ち帰る判断軸は二つに絞れる。第一に、自動化率を上げる前に「浮いた時間の行き先」を売上・品質・VOCのどこに置くかを決めてあるか。第二に、コスト指標を単独で最上位に据えていないか。この二点を先に問えるかどうかが、削減で終わるか再投資に変わるかの分かれ目になる。
出典
Ingka Group「AI and Remote Selling bring IKEA design expertise to the many」
Forbes「Klarna Reverses On AI, Says Customers Like Talking To People」
CX Dive「Klarna says its AI agent is doing the work of 853 employees」
CX Dive「Klarna credits AI for slashing customer service costs」
PYMNTS「IKEA Turned 8,500 Call Agents Into Design Consultants」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



