対応を打ち切る線をどこに引くか ー 方針の明文化がオペレーターを守る

UAゼンセンの2024年調査では、直近2年以内に顧客からの迷惑行為の被害にあった従業員は46.8%にのぼる。内訳では暴言が39.8%、威嚇・脅迫が14.7%と、電話応対の現場で日常的に起こりうる行為が上位を占めた。2026年10月1日にはカスタマーハラスメント対策が事業主の措置義務となるが、実務で最も難しいのは制度の整備ではない。「この通話を、どの時点で、誰の判断で打ち切るのか」という一線の引き方だ。私は、この線が明文化されていない状態こそが、オペレーターを最も消耗させていると考えている。
1. コールセンターのカスハラ対策は「方針の明確化」から始まる
まず制度の現在地を押さえる。厚生労働省は2026年2月26日、カスハラ対策の指針を令和8年厚生労働省告示第51号として告示した。改正労働施策総合推進法に基づく雇用管理上の措置義務で、施行は2026年10月1日。事業主に求められる措置の第一に挙げられているのが「方針の明確化と周知」だ(指針の4本柱の全体像は当媒体の8月14日の記事で整理している)。
ここで重要なのは、指針が「顧客等からの苦情の全てがカスハラに該当するわけではなく、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れである」という区別を明示していることだ。つまり企業は、正当なクレームには誠実に対応し続ける義務を負ったまま、許容範囲を超えた言動には対応を打ち切る、という二正面の運用を求められる。
比較対象として、同じ措置義務の枠組みであるパワハラ対策と並べると難しさの質が違う。パワハラの行為者は社内にいるため、人事権で対処できる。カスハラの行為者は顧客であり、対応の打ち切りは取引関係の判断、場合によっては売上の放棄を伴う。現場のオペレーターやスーパーバイザー(SV)に、その判断を明文の基準なしで委ねるのは酷だ。ただし、UAゼンセンの調査は流通・サービス業の組合員が中心で、コールセンター(コンタクトセンター)固有の被害率を示すものではない点は留保しておく。
2. なぜ「打ち切りの線」は引かれてこなかったのか
多くのセンターに打ち切り基準が無かった理由は、単純な怠慢ではない。
第一に、指針の言う「社会通念上許容される範囲」は抽象的で、そのままでは現場の判断基準にならない。同じ暴言でも、商品の不具合で実害を受けた顧客の怒りと、要求を通すための威圧では意味が違う。抽象基準を現場基準に翻訳する作業を、誰かが引き受ける必要がある。
第二に、「顧客対応を打ち切る」という行為が、顧客第一の文化と正面から衝突するためだ。線を引かない状態は、サッカーの試合で審判にカードを持たせないのに似ている。ラフプレーを止める道具が無ければ、選手(オペレーター)は自衛するか、耐えるかしかない。実際には「お客様を怒らせて切ったのか」と後から問われるリスクをオペレーター個人が背負い、耐える方が選ばれてきた。
第三に、打ち切りには後工程が必ず付く。同じ顧客からの再架電は高い確率で発生し、記録が残っていなければ次に受けたオペレーターが最初から被害を受け直す。打ち切りを制度にするには、記録・引き継ぎ・再架電時の扱いまで設計する必要があり、一通話の判断だけでは完結しない。
3. 打ち切り線の設計 ー 3つの型

先行企業の公表方針を手がかりに、実務に落とせる型を整理する。
型1: 行為類型×段階の二軸基準。 「何をされたら」(暴言・脅迫・土下座要求・長時間拘束・繰り返し架電など行為類型)と「どの段階を踏むか」(注意喚起→警告→SV交代→対応終了)を掛け合わせて基準表にする。多くの局面では「警告してもやまない場合に終了」という段階制が基本になるが、身の危険を感じる脅迫や犯罪行為に当たりうる言動は、段階を踏まず即時終了・警察相談へ直行する例外経路を必ず置く。NTTドコモグループの基本方針は、カスハラと判断される言動には毅然と対応し、必要により商品・サービスの提供や顧客対応を断る場合があること、悪質な場合は警察・弁護士と連携することを公表している。
型2: 判断権限の置き場所。 打ち切りの判断をオペレーター個人に負わせない。警告まではオペレーター、対応終了の宣言はSVまたは専任チーム、という権限分担を明文化する。これはオペレーターを守ると同時に、判断のばらつきを抑えて「正当なクレームの切り捨て」を防ぐ品質管理でもある。JR東日本グループの方針のように「カスタマーハラスメントが行われた場合には対応をしない」と対外的に宣言しておくことは、現場の判断を会社の判断へ引き上げる土台になる。
型3: 記録と再架電への備え。 打ち切りの記録には、日時・発言内容・警告の実施・判断者を残す。通話録音と自動テキスト化が入っているセンターなら、該当通話の書き起こしがそのまま一次記録になる。記録は再架電時のフラグ立てと専任者ルーティングに接続してはじめて機能する。もっとも、記録の保存期間・アクセス権限はプライバシー保護の要請と衝突しやすく、証拠力と過剰収集の線引きという別の設計論点がある(この論点は当媒体で7月31日に扱った)。
なお、政府広報オンラインが示す通り、方針は作るだけでなく顧客側への周知まで含めて抑止として働く。冒頭ガイダンスでの録音告知と対応方針の公表は、打ち切り基準を発動させないための前段でもある。
4. 見立て: 線の明文化は保護策であると同時に採用戦略になる
ここからは私の見立てとして書く。打ち切り線の明文化は、法令対応やオペレーター保護にとどまらず、採用と定着の投資として効いてくると考えている。慢性的な人手不足のコールセンター業界で、「この会社は理不尽から守ってくれるか」は職場選びの現実的な基準になりつつある。方針を対外公表している企業とそうでない企業の差は、応募者から見えるからだ。
AIの役割についても一言添えたい。感情解析によるカスハラ兆候の検知や自動記録は道具として有効だが、AIの判定を打ち切りの根拠にするのは危うい。誤検知が正当なクレームの切り捨てを生むリスクは、当媒体が8月5日の記事で整理した通りだ。線を引くのは経営の意思決定であり、AIは線を運用するための計器に徹するべきだと考える。
自己反証もしておく。基準を細かく明文化しすぎると、「警告2回まではやってよい」と逆手に取られる余地や、基準の機械的適用による顧客体験の毀損が起こりうる。基準表を対外公表するか、社内運用にとどめるかは分けて判断すべきで、対外的には方針の宣言まで、行為類型別の詳細基準は社内文書、という二層構成が現実的だろう。
条件を付けるなら、施行までに最低限そろえるべきは「対外公表する方針文」「社内の行為類型×段階基準」「打ち切り権限の所在」「記録様式と再架電フロー」の4点セットだ。逆に、罰則を恐れて拙速に「即時打ち切り」へ振り切る設計は、二正面運用のもう片側(正当な申入れへの誠実な対応)を壊す。
まとめ
第一に、2026年10月1日施行の措置義務は「方針の明確化」を最初に求めており、その実務上の核心は対応打ち切りの線をどこに引くかにある。第二に、線が明文化されていない状態は、判断コストと事後責任をオペレーター個人に転嫁する構造であり、行為類型×段階の基準・権限分担・記録と再架電フローの3点で解消できる。第三に、線の明文化は防御策であると同時に、人が集まるセンターと逃げていくセンターを分ける採用戦略にもなりつつある。
あなたのセンターでは、オペレーターが「この通話は終了してよい」と確信できる明文の線があるだろうか。それとも、その判断はまだ現場の胆力に預けられたままだろうか。
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カスハラ義務化 実務ガイド ー 2026年10月1日までに、コールセンターが決めるべきこと(会員限定)
注記: 本稿の制度情報・数値は2026年8月18日時点でWeb上の公開情報を確認したものです。UAゼンセン調査は流通・サービス業中心であり、コールセンター固有の統計ではない旨を本文に明記しています。見立てのパートは筆者個人の見解であり、個別の法的判断は専門家への相談を推奨します。
出典
社会保険労務士PSRネットワーク「カスタマーハラスメント防止指針及び求職者等に対するセクシュアルハラスメント防止指針が告示されました(厚労省)」
労働政策研究・研修機構(JILPT)「迷惑行為の被害にあった人の割合は46.8%に低下したものの、勤務先の4割で対策が見えず」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



