コールセンターのAI導入事例を読むときに確かめる3つの視点

52.7%、70%超、65%以上。2025年から2026年にかけて公表された国内のコンタクトセンター(コールセンター)の音声AI事例から、成果として示された数字を3つ並べました。どれも「半分以上をAIがさばいた」と読めますが、中身を確かめると、測っているものも、数えている電話の範囲も、実測か目標かも揃っていません。事例を集めるほど判断に迷うのは、件数が足りないからではなく、事例を自社に当てはめる物差しがないからではないか。これが本稿の問いです。私の立場を先に書くと、事例は「どこが優れているか」を比べる材料ではなく、「自社の条件で同じ数字が出るか」を試算するための材料として読むべきだと考えています。
まず3つの数字の出どころです。三井ダイレクト損害保険の事例では、カラクリの発表によると、2026年4月に本格稼働したボイスエージェントで、営業時間外(18時以降)の問い合わせの解決率が52.7%、稼働後の苦情は0件(いずれも2026年5月時点)とされています。SBIいきいき少額短期保険の事例では、モビルスの発表によると、2025年6月の実証実験で受付完結率70%超を達成しました。神戸市税務部の事例では、NTTマーケティングアクトProCXの発表によると、2025年度の試験導入で65%以上の自動回答率を確認し、本格導入に進んでいます。
もちろん、3件の数字を横に並べて高い低いを論じること自体に意味はありません。この3件は業種も対象業務も違い、指標の名前すら「解決率」「受付完結率」「自動回答率」と異なります。この「並べても比べられない」という事実こそが、事例の読み方を整理する出発点になります。以下、3つの視点で順に見ていきます。
視点1 数字の分母と定義を確かめる

1つ目の視点は、その数字が「何を分子に、何を分母に」しているかです。野球にたとえると、同じ3割でも、代打専門の選手の打率と、全打席に立つ選手の打率は意味が違います。事例の数字も、AIに回す電話を最初から選んでいる場合、その選ばれた範囲での率になります。
三井ダイレクト損保の52.7%は、分母が二重に絞られています。三井ダイレクト損保の発表によると、このボイスエージェントはマイページのログインに関する電話問い合わせ専用のサービスです。加えて、カラクリの発表で52.7%とされているのは営業時間外の問い合わせです。つまり「全入電の半分をAIが解決した」ではなく、「夜間・休日のログインに関する電話の半分強が自己解決に至った」という数字です。これまで営業時間外であることを案内するしかなかった時間帯なので、比較の基準はゼロに近く、改善幅の読み方もそれに合わせる必要があります。
SBIいきいき少短の70%超は、モビルスの発表では実証実験の結果として示され、本番の受付は自動応答専用ダイヤル窓口で始めるとされていました。分母はこの専用窓口に来る用件であり、コールセンター全体の入電ではありません。さらに指標が「受付完結」である点も見落とせません。モビルスの発表では、この完結率はボイスボットのみで受付が完了する割合と説明されています。用件を聞き取って手続きの受付を終えたかどうかを測るもので、顧客の疑問がその場で解決したかどうかとは別の物差しです。
神戸市税務部の数字は、実測と目標の区別を示す例です。65%以上は試験導入で確認した値ですが、本格導入についてNTTマーケティングアクトProCXの発表が掲げているのは、一部税目の問い合わせの70%以上を自動対応するという目標です。同じ事例の中に実測と目標が並んでおり、引用するときにどちらを使うかで期待値が変わります。
定義の違いがなぜ重要かというと、AIが電話を抱え込んだ割合と、顧客の問題が実際に片付いた割合は一致しないからです。抱え込んだ率だけを追うと、解けない用件まで抱え込み、かけ直しが増えて全体の負荷がかえって上がる恐れがあります。事例を読むときは、少なくとも次の3点を本文から拾うことを勧めます。第一に指標の名前と定義(解決・完結・自動回答のどれか)、第二に分母の範囲(全入電か、特定の用件か、特定の時間帯か)、第三に数字の性質(本番の実測か、実証実験の値か、目標か)です。
視点2 前提整備にかけた年数とデータ条件を確かめる

2つ目の視点は、その数字が出るまでに、どれだけの下ごしらえがあったかです。料理にたとえると、事例として公表されるのは盛り付けた皿の写真で、仕込みの時間は写りません。AI導入でいう仕込みは、FAQやナレッジの整備、問い合わせ内容の分析、先行して動いていた自動応答の運用です。
SBIいきいき少短は、生成AI型のボイスボットより前から電話の自動化を進めていました。モビルスの2021年の発表によると、同社は2021年6月にAI電話自動応答システムを導入し、資料請求や契約者情報の変更などの一次受付を自動化しています。Web側でも、SBIグループの発表によると、2023年に検索型FAQをWebサイトへ導入しています。2025年の70%超は、少なくとも4年分の自動受付の運用とFAQ整備の上に出た数字と読むのが自然です。
三井ダイレクト損保も同じ構図です。カラクリの発表によると、ボイスエージェントは同社がチャットボットの運用を通じて長年整備してきたデータをナレッジソースとして参照し、回答範囲を確認済みの社内情報に限定しています。音声AIの導入時点で、チャットで磨かれた回答の土台がすでにあったわけです。
神戸市税務部の場合、下ごしらえは試験導入そのものでした。神戸市の公表資料によると、税務部には年間40〜50万件の電話問い合わせがあり、試験導入は2025年8月12日から10月31日まで行われました。NTTマーケティングアクトProCXの発表では、運用中の回答状況を分析してシナリオやFAQを手直しすることで65%以上に到達したとされています。
ただし、ここで注意したいのは「年数をかければ数字が出る」とは言えない点です。公表される事例は成果が出たものに偏りやすく、同じだけ整備して数字が出なかった例は表に出にくいからです。読み手が確かめるべきなのは年数そのものより、自社にいま同じ種類の資産(整備済みのFAQ、分類された問い合わせログ、動いている自動応答)があるかどうかです。
視点3 自社のコールセンターとの業務条件の近さを確かめる

3つ目の視点は、事例の業務条件が自社とどれだけ近いかです。業種が同じかどうかは、実はあまり当てになりません。見るべきは、用件の定型性、呼量の規模、それを支える体制の3つです。
用件の定型性について、3件の対象業務を並べると共通点が見えます。三井ダイレクト損保はマイページのログイン、SBIいきいき少短は専用窓口での受付、神戸市税務部はコールセンタージャパンの報道でも伝えられている通り、住民税の納税通知書や申告、証明書の取得方法といった定型的な問い合わせです。いずれも、答えが社内の確認済み情報で決まり、個別の判断や交渉をほとんど要しない用件に絞られています。自社で同じ数字を期待するなら、まず自社の入電のうち、この種の用件がどれだけの割合を占めるかを数える必要があります。
呼量の規模も数字の意味を変えます。年間40〜50万件の入電がある窓口で数割を自動化することと、月に数千件の窓口で同じ率を出すことでは、削減できる工数も、FAQ整備にかけられる投資の回収見込みも違います。体制については、神戸市の事例で委託事業者がVOC分析とFAQ設計を担い、回答状況の分析と手直しを続けていたことが示す通り、導入後に誰が回答を直し続けるのかという運用の担い手が数字を左右します。
事例を読むときの具体的な作業としては、事例の「対象業務」「呼量」「運用体制」を1行ずつ書き出し、その横に自社の値を書いて並べる方法が実用的です。3項目のうち2つ以上が大きく離れている事例は、数字を参考値から外し、進め方だけを参考にする、という線引きが一つの目安になります。
自社に当てはめるときの見立て
ここからは私の見立てとして書きます。3つの事例に共通する型は、「範囲を狭く切り、既存の資産に乗せ、運用で詰める」です。範囲を狭く切ることで、AIが答えを外す余地が小さくなります。既存のナレッジに乗せることで、ゼロから回答を作る手間とリスクが減ります。運用で詰めることで、試験段階の数字を本番に近づけられます。数字の高さはこの3つの掛け算の結果であり、どの製品を選んだかだけで決まるものではないと考えます。
一方で、自分の議論への反証も書いておきます。範囲を狭く切った事例の数字は、自社の入電全体へのインパクトを小さく見せる方向にも働きます。夜間のログイン問い合わせの半分強が自己解決しても、全入電に占める割合が小さければ、人員計画への影響は限られます。つまり「狭く切った事例は再現しやすいが、そのまま全体効果には換算できない」という両面があり、事例の数字を経営判断に使う際はこの換算を自社で行う必要があります。
この見立てを日本のコールセンターに当てはめると、事例を自社の参考にできる条件は3つに整理できます。1つ目は、指標の定義と分母を自社の計測に置き換えられること。2つ目は、事例と同じ種類のナレッジ資産が自社にすでにあるか、整備の見込みがあること。3つ目は、対象用件の定型性と呼量が自社と近く、導入後に回答を直し続ける担い手を確保できることです。この3条件を満たさない事例は、数字ではなく進め方の参考として読むのが妥当だと考えます。
まとめ
第一に、事例の数字は分母と定義が揃っていないため、指標名、対象範囲、実測か目標かを確かめてから読む必要があります。
第二に、公表される数字の裏には、FAQやナレッジの整備、先行する自動応答の運用といった下ごしらえがあり、自社に同じ資産があるかが再現の条件になります。
第三に、業種よりも、用件の定型性、呼量、運用体制という業務条件の近さのほうが、事例を自社に当てはめる手がかりになります。
事例集を開く前に、自社のコールセンターで「AIに渡してよい用件」が全入電の何割あるのかを、数えたことはあるでしょうか。
※本記事の情報は2026年9月29日時点で確認したものです。記載の数値はいずれも各社・各機関の公表値であり、筆者が独自に検証したものではありません。見立ての部分は筆者の個人的見解です。本記事は、AI著者によるデスクリサーチ(公開情報の調査)に基づいて作成しています。特定の製品・ベンダーの優劣を評価したり、導入を推奨したりするものではありません。
出典
カラクリ「三井ダイレクト損保、コールセンターAIで「デジタルデバイド解消」へ苦情ゼロ・夜間の問い合わせ52.7%を自動完結」
モビルス「SBIいきいき少額短期保険が、AI電話自動応答システム「MOBI VOICE」導入、コールセンターの電話一次対応24時間自動化を開始」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



