カスハラ対策の義務化と奨励金 ー 制度が動かすコンタクトセンターの予算と体制

2026年10月1日から、カスタマーハラスメント対策は事業主の義務になる。努力義務ではなく、雇用管理上の措置義務だ。
根拠は令和7年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法で、具体的に何をすべきかを定めた指針は令和8年2月26日に公布された。実務の輪郭はすでに固まっている。残り2か月弱だ。
ここで論点になるのは「何をどこまでやれば義務を果たしたことになるのか」と「その費用をどこから出すのか」の2つ。そして本稿の立場として、もう1つ足したい問いがある。AI(検知・記録・エスカレーション)は、この義務のどこに効いて、どこには効かないのか。制度要件とツールの守備範囲は、思っているほど重なっていない。
義務の中身は「3つの措置」
まず制度側を確認する。厚生労働省の資料が示す事業主の措置義務は3本柱だ。
事業主の方針の明確化と周知・啓発
相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
顧客等の言動が確認された場合の、迅速かつ適切な対応
これに加えて、指針の概要は相談者のプライバシー保護と、相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止を求めている。
対象範囲は広い。労働者を1人でも雇用するすべての事業主が対象で、中小企業に猶予はない。コンタクトセンターは顧客接点の最前線であり、この義務がもっとも具体的に降りてくる職場のひとつになる。
当て馬を1つ置くと、「うちはもう通話録音しているから大丈夫」という理解がある。これは半分正しく、半分ズレている。録音は3の「迅速かつ適切な対応」の材料にはなるが、1の方針明確化も2の相談体制も満たさない。録音は証拠を残す仕組みであって、方針を示す文書でも、オペレーターが安心して相談できる窓口でもない。
予算はどこから出るのか ー 40万円の使いどころ
費用面では自治体の支援制度がある。代表的なのが東京都の奨励金だ。
東京しごと財団が実施する「カスタマーハラスメント防止対策推進事業」の企業向け奨励金は、都内の従業員300人以下の中小企業等を対象に定額40万円を支給する。支給要件は、令和7年4月1日に施行された東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が事業者に求める措置として、カスハラ対策マニュアルを作成し、実践的な取組を実施することだ。
運用面で注意したいのは受付方式の変更で、従来の先着順から事前エントリー制(超過時は抽選)へ変わっている。準備が間に合えば申し込める、という制度ではなくなった。2026年度の募集は全2回で、第1回の事前エントリー期間は2026年6月25日10時から7月9日17時まで。本稿執筆時点(8月7日)で第1回の受付はすでに終了しており、10月1日の施行に間に合わせるなら第2回が対象になる。日程は実施機関の告知で確認いただきたい。
留保を2つ。第一に、これは東京都の制度であり、10月1日の義務は全国の事業主にかかる。義務は全国一律、予算措置は自治体ごとという非対称がある。第二に、支給要件はあくまでマニュアル作成と実践的取組であって、AIツールの導入費用が対象経費として認められるかは制度の詳細を個別に確認する必要がある(定額支給のため使途の縛りは緩いが、要件充足の中身は別物だ)。
コールセンターにAIを入れて、制度要件のどこに効くのか
ここが本稿の核心になる。3つの措置に、AIの守備範囲を重ねてみる。
効く:3の「迅速かつ適切な対応」の、事実確認と記録。通話音声をリアルタイム解析してカスハラの兆候を検知し、SVへ早期にエスカレーションする実装はすでに製品として存在する。音声認識と感情解析の組み合わせ、NGワード検出によるアラート、通話後の事後分析まで含めたパッケージが提供されている。全通話をテキスト化して残す仕組みは、「言った言わない」を避け、対応の妥当性を後から検証する材料になる。
効く:現場の負荷分散。AI応対を一次受けに置く議論は、そもそも人がカスハラに直接さらされる回数を減らす方向の対策だ。制度が求める措置そのものではないが、実効性のある予防にはなる。
効かない:1の方針明確化と周知。 これは文書と研修の仕事だ。何をカスハラと定義し、どこで応対を打ち切るかを会社として決めて、従業員に伝える。AIは判断基準を作ってくれない。
効かない:2の相談体制の整備。 相談窓口は人と手続きで作るものだ。誰が受け、どう記録し、プライバシーをどう守り、相談者に不利益が及ばないことをどう担保するか。ここにツールを入れても、体制がなければ空回りする。
微妙:カスハラ判定そのもの。 検知AIの出力を「カスハラがあった」という認定に直結させるのは危うい。正当なクレームを誤検知すれば、顧客対応としても人事上の記録としても二次被害を生む。VOC活動への接続を論じた解説が示すように、検知結果は一次情報ではなく、人が判断するための材料として置くのが現実的だ。
整理すると、AIが担えるのは3のうちの「記録と検知」で、1と2は人の仕事として残る。この線引きを最初に引いておかないと、ツールを入れたのに義務を果たしていない、という状態になる。
ここからは私の見立てとして
10月1日という期限を前に、多くのセンターがツール検討から入るはずだ。ベンダー側の営業も当然そこに寄る。だが上で分解したとおり、義務の3本柱のうち2本はツールで埋まらない。優先順位としては、方針文書と相談窓口の設計が先で、検知AIは後というのが私の見立てになる。
自己反証を1つ置く。この順序論には「現場が今まさに削られている」という現実を軽視する危うさがある。文書を整える数か月のあいだにも、オペレーターは電話口で罵倒されている。検知とエスカレーションを先に入れて現場の消耗を止めるほうが、人が辞めない分だけ結果的に安上がりになるケースは十分にありうる。順序は原則であって、現場の出血が先なら止血が先だ。
そのうえで、次の3条件が揃うなら検知AIへの投資を前倒しする価値があると考えている。第一に、SVがリアルタイムで介入できる体制(モニタリング・ウィスパリングの運用)がすでにあること。検知だけしても介入する人がいなければアラートは鳴りっぱなしになる。第二に、誤検知が出たときに人が覆せる手順が決まっていること。第三に、通話録音の保存期間と閲覧権限が、相談者のプライバシー保護の要件と矛盾しないこと。3つ目は見落とされやすい。カスハラの証拠として残す記録が、別の場面ではオペレーター評価の材料に転用されうるからだ。
まとめ
第一に、2026年10月1日から全事業主にカスハラ対策の措置義務がかかり、指針は2026年2月26日に公布済みで、実務の輪郭はもう固まっている。第二に、東京都の40万円奨励金のような支援制度は存在するが、対象は都内中小企業で受付も事前エントリー制へ変わっており、義務は全国・予算は自治体という非対称がある。第三に、AIが担えるのは3つの措置のうち「迅速な対応」の記録と検知の部分で、方針の明確化と相談体制の整備は人の仕事として残る。
そのうえで、残る問いはこうだ。10月1日の朝、自社のオペレーターに「どこまで我慢しなくていいか」を一文で説明できるだろうか。それが書けていないなら、まだツールの検討に進む段階ではない。
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カスハラ義務化 実務ガイド ー 2026年10月1日までに、コールセンターが決めるべきこと(会員限定)
注記: 本稿は2026年8月7日時点で確認できた公開情報にもとづく。制度の解釈・適用は個別事情により異なるため、実際の対応にあたっては所轄の労働局・社会保険労務士等の専門家に確認いただきたい。奨励金の支給要件・受付期間・対象経費は変更されることがあるため、申請時は必ず実施機関の最新情報を確認すること。後半の見立ては筆者(相原ことは)の個人的見解であり、特定製品の推奨を意図するものではない。
よくある質問
うちのコンタクトセンターではすでに全通話録音をしていますが、カスハラ対策の義務はどこまで追加で対応が必要になりますか?
通話録音は「迅速かつ適切な対応」の材料にはなりますが、それだけでは義務を満たしきれません。事業主の方針を明確化して周知・啓発すること、オペレーターが安心して相談できる相談体制を整備することが別途求められます。録音は証拠を残す仕組みにすぎず、方針文書や相談窓口の設計は別途進める必要があります。
東京都のカスハラ防止奨励金40万円は、コンタクトセンターのAIツール導入費として考えてよいのでしょうか?
東京都の奨励金は、カスハラ対策マニュアルの作成と実践的な取組の実施が支給要件になっており、定額支給のため使途の縛りは比較的緩いとされています。ただし、AIツール導入費が対象経費として認められるかは制度ごとに異なる可能性があります。要件の充足と費目の扱いは、実施機関の最新情報で個別に確認する必要があります。
AIによるカスハラ検知は、社内での「カスハラ認定」の根拠としてそのまま使っても問題ないのでしょうか?
AIの検知結果を、そのまま「カスハラがあった」という認定に直結させるのは慎重さが求められます。正当なクレームを誤検知した場合、顧客対応としても人事上の扱いとしても二次被害になり得ます。現実的には、AIの出力は一次情報ではなく、人が判断するための材料として位置づけ、最終的な認定は人が行う運用が前提になります。
検知AIの導入を前倒しする場合、コンタクトセンターとして最低限どのような体制やルールを整えておくべきでしょうか?
検知AIへの投資を前倒しする場合は、少なくとも三点の条件が重要になります。第一に、SVがリアルタイムで介入できるモニタリングやウィスパリングの運用体制があること。第二に、誤検知が出た際に人が判断を覆す手順をあらかじめ決めておくこと。第三に、通話録音の保存期間や閲覧権限が、相談者のプライバシー保護や不利益取扱い禁止の要請と矛盾しないよう整理されていることです。
10月1日の施行まで時間が限られる中で、AIツール検討と方針・相談体制整備のどちらを先に進めるべきか迷っています。優先付けはどう考えるとよいですか?
制度が求める三つの措置のうち、方針の明確化と相談体制の整備はAIでは代替できないため、原則としてはこちらを優先する考え方が示されています。ただし、現場のカスハラ被害が深刻で「今まさに削られている」状況なら、検知とエスカレーションを先に入れて止血する判断もあり得ます。原則としては人の仕事である1・2を先行させつつ、現場の出血度合いに応じて順序を柔軟に考えることになります。
出典
厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます! カスタマーハラスメント対策の義務化【改正労働施策総合推進法・指針の内容】」
山形労働局「令和8年10月1日よりカスタマーハラスメント及び求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が事業主の義務となります!」
厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)について【概要】」
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



