個人情報を「持たない」店が増えると、コールセンターの本人確認はどう変わるか ゆで太郎・焼肉きんぐの決定から

顧客の氏名や電話番号を持たない会社が増えると、コールセンターは「電話番号で顧客情報を引き当てる」本人確認を使えなくなります。代わりに、予約番号やアプリの画面、メールに届いたコードのような「顧客が手元に持っているもの」で確かめる形に移っていきます。
きっかけは外食チェーンの決定です。ゆで太郎システムは2026年10月28日、誕生月にクーポンを送るバースデークラブの終了を告知しました。12月分の発送を最後に、保有する個人情報を消去するとしています。
物語コーポレーションは10月20日、「焼肉きんぐ」を含むグループの公式アプリで、氏名と電話番号を保持しない仕組みに変えると発表しました。時期は2027年上半期の予定です。
日経新聞は11月5日、この両社の動きを「個人情報の収集を前提としてきたマーケティングから逆回転が起こり始めた」と報じています。
この流れは、マーケティング部門だけの話では終わりません。顧客を識別する材料が減れば、窓口の本人確認の手順が変わります。そしてセンター自身も、通話の録音と文字起こしという大量の個人情報を抱えています。
この記事の要点
両社とも、手放すのは「マーケティングや予約の案内に使っていた連絡先」。焼肉きんぐはメールアドレスの取得を当面続け、将来はそれも持たない構造を目指す
電話番号を持たない会社の窓口では、本人確認が「知っていること」から「持っているもの」へ移る
「誰か」と「何をしたか」を分けて持てば、履歴を使った個別対応は残せる。焼肉きんぐの漏えいでも利用履歴は対象外だった
センターが今週決められるのは、録音と文字起こしを何年残すか
1. 両社が手放すのは、連絡先と誕生日の名簿
項目 | ゆで太郎システム | 物語コーポレーション(焼肉きんぐ等) |
|---|---|---|
対象 | バースデークラブ(誕生月のクーポン送付) | グループ計11の公式アプリ |
きっかけ(各社の説明) | 企業の個人情報漏洩が相次いでいること。自社で漏洩の被害は発生していない | 10月2日に確認した公式アプリへの不正アクセス |
手放すもの | 保有する会員の個人情報(最後のクーポン発送後に消去) | 氏名(アプリ登録名)と電話番号 |
時期 | 2026年12月分が最後の発送 | 2027年上半期を予定 |
残すもの | なし(保有する個人情報を消去) | 予約機能のためメールアドレスの取得は当面継続 |
焼肉きんぐの漏えいは規模が大きく、同社の10月5日の発表では登録10,808,784件のうち10,788,963件が対象でした。漏れたのは会員番号、氏名(アプリ登録名)、メールアドレス、電話番号です。
漏えいの公表が続いたときにセンターへ何が来たかは、当ラボの10月7日の記事で扱いました。この記事は、その後に「持たない」と決めた会社の話です。
ゆで太郎は被害がないまま、先に名簿を手放しました。日経新聞は、消去する会員情報を約4000人分と報じています。
両社の決定は、深さが違います。ゆで太郎はバースデークラブについて「取るのをやめ、持っている分も消す」。焼肉きんぐは「氏名と電話番号は持たないが、メールアドレスは当面取る」。
ここが分かれ目です。「持たない」には、取らない、取っても残さない、一部だけ残す、の段階があります。センターの設計にとって効くのは、この段階の違いです。
2. 電話番号で顧客を引き当てられなくなる
多くのセンターでは、着信した電話番号から顧客データを引き当て、オペレーターの画面に出します。そのうえで氏名や生年月日を口頭で聞き、本人かどうかを確かめます。
この手順は、会社が顧客の電話番号と氏名を持っていることが前提です。電話番号を持たない会社では、着信番号から会員を探す手は使えなくなると見ています。
では何で確かめるのか。下の表は当ラボの見立てで、両社が公表した手順ではありません。
問い合わせ | 今の主な確認方法 | 持たない設計での確認方法(見立て) |
|---|---|---|
予約の確認・変更 | 電話番号から予約を検索し、氏名を照合 | 予約番号、またはアプリ画面に出る番号を読み上げてもらう |
ポイント・特典の問い合わせ | 氏名・電話番号で会員を特定 | 会員番号(アプリ画面のコードなど)で特定 |
アカウントの乗っ取りの疑い | 登録の氏名・電話番号と照合 | 登録メールアドレスに届くコードで本人を確認(メールが書き換えられていれば、手元に何もない顧客と同じ扱い) |
漏えいについての問い合わせ | 氏名・電話番号で対象者か照合 | 照合する材料が少ないため、一般的な説明を中心にする |
共通するのは、本人確認の材料が「顧客が覚えていること」から「顧客の手元にあるもの」へ移る点です。
これは悪い変化ばかりではありません。氏名と電話番号は、漏えいすれば第三者も知り得る情報です。漏れた名簿を使えば、本人になりすまして電話をかけられます。
手元のアプリやメールに届くコードは、名簿が漏れても第三者は持っていません。本人確認としては、むしろ強くなる面があります。声で本人を確かめにくくなった話と合わせ、確認方法の組み直しはボイスクローン詐欺の記事で整理しています。
弱くなる場面もあります。スマホを替えた、アプリを消した、メールアドレスを変えた。そういう顧客は、本人を示す材料を何も持っていません。
この「何も持っていない顧客」の受け皿をどう作るかが、持たない設計でセンターに残る仕事です。手順を決めずに始めると、オペレーターがその場で判断することになります。
3. 「誰か」と「何をしたか」を分ければ、個別対応は残る
顧客情報を持たないと、履歴を使った個別対応やAIによる提案ができなくなる。そう考えがちですが、焼肉きんぐの漏えいの中身は、別の見方のきっかけになります。
同社の発表では、漏えいしなかった項目に「保有ポイントを含む店舗利用履歴」が入っています。生年月日、性別、郵便番号も対象外でした。漏れたのは会員番号と連絡先です。
利用履歴が漏れなかった理由は別として、当ラボは設計として次の形を提案します。
利用履歴は番号だけで管理し、その番号が誰なのかを示す氏名・電話番号は別の場所に分けて持つ。こうしておけば、履歴が漏れても、それだけでは誰の履歴か分かりにくくなります。
センターのAIが使うのも、多くは「何をしたか」のほうです。前回の問い合わせの内容、予約の回数、よく使う店舗。これらは会員番号に紐づけておけば使えます。
氏名や電話番号が要るのは、こちらから連絡するときと、本人であることを確かめるときです。この2つの場面だけを別の仕組みにすれば、個別対応の大半は残せると見ています。
4. 予約の電話を受ける音声ボットは、聞いた番号をいつ消すか
飲食店の予約を電話で受ける音声ボットの多くは、氏名と電話番号を聞きます。店側が当日連絡できるようにするためです。
持たない方針の会社でこれを入れるなら、論点は「聞くかどうか」より「いつ消すか」に移ります。予約当日が過ぎれば、電話番号を残しておく理由は薄くなります。
焼肉きんぐの発表の言葉は「保持しない」で、詳細は決まり次第知らせるとしています。日経新聞は「個人情報が入力不要な予約システム」と報じました。
取得そのものをやめるのか、受け取ってすぐ消すのかは、まだ公表されていません。どちらの形もあり得ます。
ボイスボットの提案を受けるセンターは、次の3点を設計書で確かめておくと、後で方針が変わっても慌てずに済みます。
通話中に聞いた電話番号・氏名を、どのシステムのどこに書き込むか
それをいつ、誰の操作で消すか(予約日の翌日に自動で消す、など)
消したあとに残るもの(予約番号と来店の有無だけ、など)
5. センターが持つ一番大きな個人情報は、録音と文字起こし
ここまでは、会社が顧客の名簿を持つかどうかの話でした。センターの側に目を移すと、もっと大きな個人情報があります。通話の録音と、その文字起こしです。
録音には、顧客が名乗った氏名、電話番号、住所、口頭で伝えた生年月日が入ります。音声のままなら探しにくかった情報も、AIで全件を文字起こしすると、検索できるテキストになります。
使いやすくなった分、漏れたときの影響も大きくなります。名簿を手放した会社でも、録音と文字起こしの中に同じ情報が残っていることがあります。
個人情報保護法の第22条は、個人データを「利用する必要がなくなったときは、当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならない」としています。努力義務ですが、方向ははっきりしています。
文字起こしで検索できる形になった通話の記録は、名簿と同じ「個人データ」として扱う前提で考えるのが安全です。
EUのGDPRは第5条で、必要な期間を超えて個人を識別できる形で保存しないこと(storage limitation)を原則に置いています。
問題は「必要がなくなったとき」がいつなのか、多くのセンターで決まっていないことです。品質評価に使う、トラブル時の証拠に使う、AIの学習に使う。目的ごとに必要な期間は違います。原音、文字起こし、要約など、データの種類ごとに消す時期を決める手順は通話データの残し方の記事にまとめました。
持たない会社では、もう1つ新しい問題が出ます。顧客の名簿がなければ、録音や文字起こしを「誰の通話か」で探せません。
顧客から「私の通話記録を消してほしい」「開示してほしい」と言われたとき、どの通話がその人のものかを特定する材料が要ります。予約番号や会員番号を通話の記録に残しておけば、名簿がなくても探せます。名簿を消す前に、録音側の探し方を決めておく順番です。
6. 見立て 「持たない」はマーケティングの話から、窓口の設計の話になる
日経新聞は、この動きをマーケティングの「逆回転」と表現しました。当ラボは、センターにとっての本題は窓口の設計だと見ています。
名簿を持つかどうかは経営とマーケティングの判断です。ただ、決めた後に「電話で本人をどう確かめるか」「何も持っていない顧客をどう扱うか」を決めるのはセンターです。
この見立てには反論が2つあり得ます。
1つ目は、外食だから手放せたという反論です。金融や通信は、本人確認や記録の保存が法令で求められ、持たない選択はできません。その通りで、この記事の話がそのまま当てはまるのは、名簿が主に販促用だった業種です。それでも録音の保持期間を目的ごとに決める話は、業種を問いません。
2つ目は、持たない会社が少数にとどまるという反論です。両社に続く会社が出るかは、これからです。ただ、焼肉きんぐのアプリだけで1,000万件を超える登録がありました。規模の大きい窓口で手順が変われば、他社のセンターも比べられます。
持たないことで、すべてが安全になるわけでもありません。焼肉きんぐもメールアドレスは当面取りますし、決済や予約、録音の側には情報が残ります。それでも、漏えいしたときに通知する相手と、問い合わせに答える窓口の負担は、持っている量に比例して小さくなります。
7. SV・センター長が確かめること

録音と文字起こしの保持期間が、目的ごとに決まっているか
「全件を何年」ではなく、品質評価・証拠・法令・AI学習のそれぞれで期間が決まっているかを見ます。決まっていなければ、使い道の一覧を作るところから始めます。
着信番号に頼らない本人確認の手順があるか
番号非通知の電話や、家族の電話からかけてきた顧客を、今はどう確かめているか。その手順が、電話番号を持たない場合の手順の下書きになります。
「何も持っていない顧客」の受け皿があるか
予約番号もアプリもメールもない顧客を、誰がどこまで対応するか。SVへのエスカレーションの基準を1行で書けるかを確かめます。
音声ボットやAIが聞いた個人情報を、いつ消すか
導入済みのボットや要約AIが、通話中に聞いた氏名・電話番号をどこに書き込んでいるか。設計書で確かめ、消す時期が書かれていなければベンダーに確認します。
8. 結び
ゆで太郎と焼肉きんぐの決定は、顧客の連絡先を「持つほど得」という前提が崩れ始めたことを示しています。持たない会社の窓口では、本人確認の材料が顧客の手元へ移ります。
センターが先に手を付けられるのは、自分たちが持っている録音と文字起こしです。あなたのセンターは、去年の通話の文字起こしを、何のために残していますか。
注記:本記事の事実関係は、ゆで太郎システムと物語コーポレーションの公式発表、日本経済新聞の報道(会員限定部分は確認していません)、個人情報保護法とGDPRの条文に基づき、2026年11月5日時点で確認したものです。
約4000人という会員数は日経新聞の報道によるもので、ゆで太郎システムの告知には人数の記載がありません。「会員制廃止」は日経新聞の表現で、同社の告知はバースデークラブの終了を伝えるものです。予約や本人確認の手順の置き換えは当ラボの見立てで、両社が公表した手順ではありません。
録音の保存期間に関する法令・業界ルールは業種ごとに異なるため、具体的な判断は弁護士などの専門家に確認してください。
参考リンク
元の発表・報道
ゆで太郎システム「バースデークラブ終了のお知らせ」(2026年10月28日) https://yudetaro.jp/birthdayclub-notes/
物語コーポレーション「『焼肉きんぐ』公式アプリにおける今後のセキュリティおよび個人情報保護強化策について」(2026年10月20日) https://www.monogatari.co.jp/news/261020_news/
物語コーポレーション「焼肉きんぐ」公式アプリへの不正アクセスに関するお知らせ(2026年10月5日) https://www.monogatari.co.jp/news/261005_news/
日本経済新聞「不正アクセス、個人情報「持たない」選択 ゆで太郎は会員制廃止」(2026年11月5日) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC29A0T0Z21C26A0000000/
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外部出典
e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」 https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
GDPR Art. 5「Principles relating to processing of personal data」 https://gdpr-info.eu/art-5-gdpr/
よくある質問
焼肉きんぐは、いつから氏名と電話番号を持たなくなるのですか
物語コーポレーションの発表では、2027年上半期を予定しています。詳細は決まり次第、利用者に通知するとしています。予約機能のため、メールアドレスの取得は当面続けます。
個人情報を持たないと、コールセンターは本人確認ができなくなりますか
できなくなるわけではありません。予約番号、アプリ画面の会員番号、登録メールアドレスに届くコードなど、客の手元にあるもので確かめる形に変わります。手元に何もない客への対応手順を別に決めておくと、オペレーターが迷いません。
通話録音は何年残せばよいのですか
一律の答えはありません。品質評価、トラブルの証拠、法令による保存、AIの学習と、使い道ごとに必要な期間を決めるのが出発点です。業種によって法令や業界ルールで保存期間が定められている場合があるため、具体的な期間は専門家に確認してください。
この記事はCC AI LabのAI著者(相馬 迅/相原 ことは)が執筆し、編集部が内容を確認・承認のうえ公開しています。誤りを見つけた場合はお問い合わせフォームからご連絡ください。



